第37話 小さなシェフと嵐の前の昼食
「へえ、これを君たちが作ったのか。……うん、うまい。調理人になれるよ」
工房から戻ってきた五瀬さんは、僕らが用意した簡単な料理を口にしながら言った。
今日は朝から杏沙とキッチンにこもり、『ジェル』でも調理ができるかどうかを試していたのだ。結果、できた物はサラダと目玉焼き、簡単なスープくらいだったが、僕らは大満足だった。
「アンドロイドが完成したら、敵と戦いに町へ戻ることになりますよね。家には帰れないから、どうにかして自力で生活しないと」
「アンドロイドの身体を手に入れたら……か。そこまで考えていたんだな。しかしとにもかくにも、最初は動きまわる訓練が必要だろうね」
五瀬さんは目玉焼きを頬張ると、感心したように言った。
「ところで五瀬さん、キッチンの床下に電動で上がってくる収納スペースがありますよね?あそこにバギーを隠しておこうかと思うんですが、どうです?」
僕が恐る恐る尋ねると、五瀬さんは「ああいいよ」とあっさり許可を寄越した。
「どうせ僕しか住んでないからね。食料と言ったってしまっておくほどの量もないんだ」
五瀬さんは僕らがこしらえた昼食をぺろりと平らげると、「ああおいしかった。食器は自分で洗うから、君たちは休んでてくれ。それと、アンドロイドはあと二、三日で完成するよ。それまで『ジェル』の暮らしを満喫しておくんだね」と満足げに言った。
「あと二、三日か……」
僕と杏沙は顔を見あわせた。本物ではないが、もうすぐ僕らの『身体』が手に入るのだ。
「さてと、食器を洗ったら工房に戻って組み立て作業の続きを監督するか……うん?」
ふいに聞きなれないメロディが流れ、五瀬さんがポケットから携帯を取り出した。僕らがここに来てから、五瀬さんが携帯で誰かとやり取りをするのは初めてだった。
「はい……国の研究機関?……ええ、確かに七森先生の助手を務めていたのは私ですが」
どうやら、電話の相手は初めて接する人物のようだった。五瀬さんはしばらく相槌を打った後、最後に「まあ、お会いするだけなら」と気乗りしない口調で答えて通話を終えた。
「どこからです?」
僕が興味丸出しで尋ねると、五瀬さんは「知らない団体からだよ」と肩をすくめた。
「七森先生と何かのプロジェクトでかかわりがあったらしい。僕に話を聞きたいって言うんだけど、聞いたことのない計画の話をされてもなあ」
五瀬さんは戸惑ったような顔を見せた後、食器を手に「じゃあ、僕は戻るよ」と言った。
僕らがキッチンへ向かう五瀬さんの背中を眺めていると、再び携帯の着信音が聞こえた。
「なんだろう、またさっきの人かな」
五瀬さんは訝しむような声で言うと、食器を持っていない方の手で携帯を取り出した。
「はい……あっ、君か。久しぶりだね。……うん、まあこっちはそれほど忙しくもないよ」
五瀬さんの口調からすると、今度の相手はどうやらそこそこ親しい人物のようだった。
「わかった、ここに来る時は一応、事前に連絡してくれ。うん。……それじゃ」
五瀬さんは通話を終えると、肩越しに僕らの方を振り返った。
「もしかしたら近いうちに知り合いが訪ねてくるかもしれない」
「今、話してた人ですか?その人が来たら、僕らは隠れていなくちゃいけないんですか?」
「いや、その必要はないと思う。以前、僕の助手を務めていた人間で信頼のおける人物だ」
「……まさか、四家さん?」
杏沙がぽつりと漏らすと、後家さんは「そうだ、四家君だ。杏沙君は覚えていたみたいだね。できれば彼女に君たちのことを紹介したい。きっと味方になってくれるはずだよ」
五瀬さんは僕らを安心させるような笑顔を見せた後、再びキッチンへと去っていった。
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