第36話 超小柄少女は人工の翼で翔ぶ
「じゃあ、私が先に乗ってみるね」
そう言ってドローンの方に移動を始めたのは杏沙だった。
「あっ……こんなに狭いんだ」
ドローンの操縦席を覗きこんだ杏沙はそう言うと、しばし黙り込んだ。
「五瀬さんが言ってたろ、十分の一くらいにならないと乗れないって」
「小さい自分をイメージすればいいんでしょ。やるわ」
杏沙はそう言うと、半透明の身体を小刻みに揺すり始めた。やがて、ドローンとほぼ同じくらいだった杏沙の身体が徐々に萎み始め、一分ほどでゴルフボールくらいの大きさに変わった。
「――どう?」
僕の半分もないミニサイズの杏沙が得意げに言い、僕は「信じられないな」と答えた。
杏沙は小さな体を器用に動かしてドローンの操縦席に収まると、小さな操縦かんを握りしめた。
「操縦法は簡単だ。右のペダルでローターを調節しながら、操縦かんで機体を水平にするんだ。丸椅子の真上に到達したら、左のペダルでエアーを噴射し、ローターを畳む。それだけだよ」
ひどく難しそうな操縦法をさらりと語る五瀬さんに、僕がいきなりは無理ですと異を唱えようとした、その時だった。ビ―ンというローターの回転音と共に杏沙の乗ったドローンがふわりと床から浮きあがった。
「浮いた……」
僕と五瀬さんが見つめる中、杏沙のドローンはぐらつきながらあっという間に天井まで到達した。
「それだけできれば大丈夫、あとは推進翼の角度を調整しながら進めばいい」
五瀬さんの指示が届いているかどうか怪しい感じだったが、それでも杏沙のドローンはふらつきながら椅子の方へ近づいていった。
「よし、機体が安定したら左のペダルでエアーを出すんだ」
丸椅子の真上で不安定に揺れている杏沙に、五瀬さんは容赦なく指示を飛ばした。やがて、ドローンが一度大きくぐらついたかと思うと、その場で上がったり下がったりを繰り返し始めた。
「姿勢が安定したらローターを畳むんだ。グリップのボタンを押しながら、操縦かんを内側に倒してみてくれ」
五瀬さんが叫ぶと、ドローンの胴体から出ている羽根のついた『腕』が根元から折れ曲がり始めた。
「いいぞ、ゆっくり慎重に畳むんだ」
四本の『腕』がじわじわと上を向き始め、九十度に近づいたと思った、その時だった。
「――あっ!」
突然、機体が大きく傾いたかと思うと、そのまま横向きに落下した。次の瞬間、がちゃんという音がしてドローンが椅子にぶつかり、そのまま床に転げ落ちた。
「七森!」
僕は思わず杏沙に呼びかけた。いくら『ジェル』とはいえ、あの高さから落ちたら相当なショックに違いない。
「ううむ……惜しかったね」
五瀬さんは唸りながら杏沙の乗ったドローンを拾いあげると、手近な机の上に乗せた。
「大丈夫か、七森」
僕が机の上によじ登って声をかけると、ミニサイズの杏沙が操縦席から這い出して机の上に降り立った。
「お蔭様でなんともないわ。……でもちょっと見くびってたかな。最後が大変みたいよ、これ」
杏沙はどこか悔しさの滲む口調でそう言うと、僕の半分もない体をぶるんと震わせた。
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