第33話 あの子の隣は僕の席


「――ふう、何とか入ったみたい。……いいわよ、蓋しちゃって」


 容器の中から聞こえる杏沙の声に僕は「いいのかい、本当に閉めるぜ」と返した。


 僕が杏沙の『身体』が収まった容器の蓋を閉めると、杏沙は「いいよ、いつでも回して」と言った。


「それじゃ、いくよ」


 僕は身体の一部を手のように伸ばすと、発電機のハンドルを回し始めた。しばらくすると容器の内部に火花が散り始め、青白い光が杏沙の上を舐めるように走るのが見えた。


「大丈夫?痛かったら止めるけど」


「ううん、大丈夫。なんか、くすぐったいだけ。……それより、十分は続けないとだめって五瀬さんに言われたでしょ」


 僕は「うん」と言ってハンドルを回し続けた。これが『ジェル』の食事なのだ。


 最初はもがくような動きを見せていた杏沙も次第に落ち着き、だんだん表面がぴんと張って色も濁りのない緑色になってゆくのがわかった。


「あー、なんかリラックスしてきたわ。いかにもエネルギーを注がれてるって感じ」


 つやつやした身体で満足そうにつぶやく杏沙を見ながら、僕は(こっちは大変なんだぜ)と思った。そろそろ交代を申し出ようか、そう思いかけた時だった。ふいにリビングのドアが開いて、五瀬さんが大きな箱の乗った台車を押しながら姿を現した。


「おっ、食事中だったか。これは失礼。……そうだ、せっかくだから二人一緒に食事を楽しんだらどうだい。僕が手伝ってあげるから、真咲君も中に入りたまえ」


「えっ、この中にですか?」


 五瀬さんは「そうだよ」と頷くと、スイッチを切って容器の蓋を外した。


「真咲君、ちょっと失礼するよ」


 五瀬さんはそう言うと僕を片手で持ち上げ、すでに杏沙が入っている容器の中に入れた。


「さ、仲良くランチを楽しんでくれ」


 五瀬さんは杏沙と僕が詰まった容器の蓋を閉めると、ハンドルに手をかけた。


「……ちょっと、真咲君」


 容器の中で、僕の下敷きになっている杏沙が声を上げた。


「うん?」


「どうでもいいけど、身体を細くして私の横に並んでくれない?一緒に食事と言ったって、上と下じゃ待遇が違いすぎるわ」


「あ、ああ。ごめん」


 僕は身体を細くすると、杏沙の隣にするりと潜りこんだ。


「よし、では行くぞ」


 五瀬さんがハンドルを回すと、ばちばちと音がして僕の表面を火花が駆け巡り始めた。


 なるほど、最初は痛いようなむず痒いような、妙な気分だ。だけど……


 しばらくすると、杏沙の言うように何とも言えないリラックス感が身体を満たし始めた。


 それにしても、と僕は思った。女の子とくっつき合っての食事なんて、初めての経験だ。


 何となく落ち着かない僕とは真逆に、杏沙は涼しい顔で食事を楽しんでいるように見えた。

 

 ――どうも女子の方が神経が太くできてるみたいだな。


 僕は杏沙に気づかれないように、存在しない『肩』をそっとすくめた。


「ようし、そろそろいいだろう。……開けるよ」


 五瀬さんはハンドルを回す手を止めると、容器の蓋を開けた。


「なあ七森」


「なに?」


「……ちょっと、食べ過ぎたんじゃないか?」


 僕がふと感じたことを口にすると、杏沙が怒りの形相をこちらにむけた。


「なにそれ?太ったっていいたいの?」


「あ、いや別にそういうわけじゃあ……」


「……今すぐこの容器から出てって」


「わ、わかったよ、ちょっと待っ……」


「早く!」


 僕は大急ぎで身体を伸ばし、やっとのことで容器の端に辿りつくとぜいぜいとあえいだ。


「どうしたんだい、そんなに慌てて」


「よくわかんないです。……なんだか『敵』より手ごわいですね、女子って」


 僕がぼやくと五瀬さんは「食事中も勉強か。……さすがは中学生だね」と笑ってみせた。

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