第31話 波のように震え、透き通る少女


 「はじめまして、五瀬といいます。……ええと、杏沙ちゃんのボーイフレンドってことでいいのかな」


「いえ、あの」


 まだ口が回らない僕が返答を渋っていると、杏沙が横から口を挟んできた。


「強いていうなら同志ってとこね。二人で何度も敵の襲撃を潜り抜けてきたわ」


 新しい身体に移ったばかりだというのに、杏沙は滑らかに喋った。


「そうだったのか、よくここまでたどり着いたね。……で、これからどうするつもりなんだい?」


 ようやく会話ができるようになったことで安心したのか、五瀬さんの表情はにこやかになり口調も砕けたものに変わった。


「私たちの『身体』は今、『アップデーター』に乗っ取られているの。だから父が研究していたアンドロイドを手に入れて『アップデーター』から本当の『身体」を取り戻したいの」


「そうか、それでエネルギー体のままここへやって来たのか。……たしかにアンドロイドの研究は進んでいて、実際の人間そっくりの物を作れるところまで来てはいる。……しかし、なにぶん僕もジェル体とアンドロイドの融合はやったことがない。少し時間をくれないか」


 五瀬さんは慎重に言葉を選びながら、僕らに語った。


「もちろん、すぐに自分そっくりの『身体』が手に入るとは思ってないわ。なによりまず、この『ジェル』に慣れなきゃいけないし」


 杏沙はそう言うと、机の上をずるずると移動し始めた。その姿はどう見ても動くゼリーでしかないのだが、不思議なことに目が慣れると杏沙としか思えなくなってくるのだった。


「そのジェル体は空中の電気から、活動のためのエネルギーを取り入れることができる。つまりその身体でいる限り、食事の必要はないってことだ。大きさも自由に変えられるし、慣れてくれば人間の手足がするのと同程度の作業もできるはずだ」


「アンドロイドの身体はどこで作ることになるんですか」


 僕はジェル体になって初めて、五瀬さんに質問を投げかけた。


「この部屋と通路で繋がっている地下工房があって、そこで作ることになる。君たちの個人データを元に設計プログラムを組むのに数日かかるが、あとは機械が自動で作ってくれるはずだ」


「自動で……すごい、来てよかった」


 僕が興奮してジェルの身体を震わせると、五瀬さんは満足そうにうなずいた。


「君たちの寝床は上の住宅部分に用意しよう。今日は階段の上り下りから始めるといい」


 五瀬さんは僕らをトレーの上に導くと、僕らの乗ったトレーを床の上に置いた。


「試しにあのドアを開けて一階まで上って行ってごらん。もちろん、サポートはするよ」


 僕らは床の上を這ってドアの前まで移動した。さすがに取っ手を回すことはできないな、と僕が戸惑っていると五瀬さんが「身体を伸ばすんだ」と言った。


「身体を?」


「細くすれば一メートルは伸びるはずだよ。人間だった時の常識は一度、捨てた方がいい」


 僕は言われるまま、植物が伸びてゆくような動きを思い描いた。すると身体の一部がするすると上に向かって伸び、たちまち取っ手の高さにまで到達した。


「――届いた!」


「あとは回して開けるだけだ。簡単だろう?」


 僕は取っ手を回すと、体ごと後ずさりした。するとドアがゆっくりと手前に動き、隙間から一階へ続く階段がのぞいた。


「すごい!これで家の中を動き回れるぞ」


 僕が興奮した口調で言うと、杏沙が「すごいわね真咲君。まだ『ジェル』になって数分しか経ってないのに」と目をぱちぱちさせた。


「家の中はどこでも好きに移動していいよ。その調子で、アンドロイドが完成するまでトレーニングをしたらいい」


 五瀬さんは子供を見守る親のような表情で言うと、僕らの後から階段を上がり始めた。


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