第30話 生まれ変わるぼくら
傾けられた容器からどろりと机の上に流れ出た『ジェル』、つまり杏沙は、ぶるりと震えると、身体の一部を突起のように持ち上げた。
「おお……この『ジェル』はまぎれもなく自分の意思で動いている。……つまり生物だ」
五瀬さんが驚きに目を瞠っていると、『ジェル』の突起に凹凸が現れ、人の顔になった。
「こ……にち……わた……あず」
口の部分が必死で言葉を発し、徐々に僕の知っている杏沙の顔になっていった。
「その顔……女の子だな?しかもどこかで見た覚えが……まさか、七森先生の娘さんか?」
「そう……むすめ……あずさ」
「なんてことだ、あの小さな子が自力でここにやって来るなんて。……言われてみれば随分と大人っぽくなったな。ようこそ私の研究室へ、杏沙君」
「もう十四よ……それより『ジェル』をもう一つ用意してください。私のほかにもう一人、幽霊の子がいるんです」
「幽霊?……ああ、生体エネルギーがもう一体、来ているということだね?……わかった、用意しよう」
五瀬さんが新しい『ジェル』を取りに行くと杏沙が「次はあなたの番よ、真咲君」と言った。ひょこひょこと顔を動かす杏沙を見て、僕は(彼女にはもう僕が見えていないのだな)と気づいた。
「このへんでいいのかな?」
五瀬さんが再びノズルを構えて立ち、僕はその前に移動した。正直なところ、怖かった。
それはそうだろう、ついさっき、杏沙が散り散りになって消滅する場面を見たのだ。すぐに容器の中で復活できるとわかっていても怖いに決まっている。
――もし、何かの手違いで消えっぱなしになってしまったらどうする?幽霊だって死ぬのは怖いのだ。
僕が胸の中に沸き上がる不安を無理やり抑え込んだ、その時だった。五瀬さんが「よし、では始めよう」と言って装置のスイッチを入れた。
再び不吉な唸りが部屋の空気を震わせ、僕は幽霊であるにもかかわらず肌がぴりぴりするような感覚を覚えた。やがて体が上下に揺さぶられるような衝撃が生じ、次の瞬間、はじけるような感覚と共に僕は『何か』の中へと飛びこんでいった。
「――どうだね?気分は」
五瀬さんの声が、水の中にいるようにくぐもって聞こえた。やがて少しづつ周囲の風景が見え始め、自分が机の上くらいの高さにいることがおぼろげにわかり始めた。
「あ……」
「紹介します。真咲新吾君。私以外のこの街で『敵』と戦える唯一の人間です」
杏沙に紹介され、僕はやっと感じ取れた口らしき部分をもごもごさせて「はじめまして」と言った。
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