第29話 君の姿が変わったとしても
「さて、どなたかもわからない方にお願いするのも変ですが、この吸引ノズルの前に、立っていただけますか?」
装置を手に緊張した表情の五瀬さんに頷くと、杏沙はノズルの前に進み出た。
「七森……」
「大丈夫。それより次はあなたの番よ。身体が手に入ったら「実は一人じゃない」って、ちゃんと説明しなきゃ」
五瀬さんは杏沙の同意を気配で何となく察したのか、続きを始めた。
「スイッチを入れるとエネルギー体であるあなたは一度分解され、装置に吸収されます。そしてこちらの容器に収められている『ジェル』に意識となって保存されるのです」
五瀬さんが目で示した位置には、例の不気味な溶けかけゼリーがあった。
「あなたと『ジェル』がうまく適合すれば、あれがあなたの新たな『身体』になります。一見するとアメーバかスライムのようですが、慣れれば筋肉のように動かしたり、物を見聞きしたり会話したりすることも可能になります」
五瀬さんの語る内容は、ずっと幽霊だった僕にとってはわくわくするような話だった。
「準備が良ければ、そこのペン立てのペンを鳴らしてください」
五瀬さんがノズルを構えると、杏沙はペン立てに刺さっている数本のボールペンに触れた。カラン、という小さな音が響き、五瀬さんが「始めます」と言ってスイッチをれた。
装置がうなりを上げた直後、放電のような火花が杏沙の周囲に飛び散った。
杏沙の顔が恐怖に引きつった次の瞬間、輪郭が幾重にもぶれて見えづらくなった。これで正常なのか?そう思った瞬間、杏沙の姿が粒子となって飛び散るように消滅した。
「あ……」
僕の前から杏沙が消え、しばらくは装置の上げる唸りだけが室内を支配した。
やがてアラームのような音が聞こえ、装置についているランプが一斉に消えた。
「よし、無事に完了だ。はたして成功したかどうか……」
五瀬さんはほっとしたようにノズルを置くと、容器の中を見つめた。すると内部の『ジェル』がぷるんと震え、上下運動のような動きを見せ始めた。
「――七森!」
僕が叫ぶと、それに応えるように『ジェル』の一部に凹凸が生まれ始めた。
「……○☓%☆▽◇」
「まさか……なんということだ」
五瀬さんが驚きに目を瞠った直後、意味不明の呻きと共に凹凸が人の顔になった。
「『ジェル』が自立運動を始めた……成功だ」
僕には『ジェル』の表面に現れた顔が杏沙の物であることが、すぐにわかった。
きっと彼女は新しい『身体』に慣れるべく精一杯の努力をしているのに違いなかった。
「そうだ、外に出してあげなければ。もはや君は命のない『ジェル』ではないのだから」
五瀬さんは信じられないといった表情のまま、ガラス容器を密閉している蓋を外した。
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