第27話 いま、ここにいる幽霊たち
階段を降りた僕らを圧倒したのは、重厚な金属の扉だった。
「この向こうのようね」
杏沙が興奮した口調で言った。すでに五瀬さんは扉の向こうに消えた後だった。
「行ってみよう。ここまで来たらもうほかに選択肢はないよ」
僕はそう言うと、厚そうな扉をくぐった。通り抜けた向こう側で奥が見たのは、無数の実験器具とパネル、そして制御盤らしき機械の前で腕組みをしている五瀬さんの姿だった。
「ふむ、『容器』は異常なし……か。問題は『中味』の方だな。自律運動のできる生体エネルギーはまだ検出できていない……んっ?」
ひときわ大きなパネルを眺めていた五瀬さんの表情が、突然強張った。
「嘘だ。センサーの故障じゃないのか。こんな近くに生体エネルギー反応があるわけない。これじゃあまるで、この部屋の……」
気づかれた?僕が思わず後ずさりすると、杏沙が目で「動かないで」と伝えてきた。
五瀬さんは「あり得ない」と言いながら制御盤を操作し、やがて「信じられない。センサーは正常だ。ということは……」と眼鏡の奥の目を見開いた。
「いい?慌てちゃだめよ。向こうにはまだ見えてないんだから」
杏沙の言葉に、僕は頷いた。いきなり幽霊と遭遇し、五瀬さんはたぶんパニックに陥っているのだ。僕らがじたばたすれば、逆に向こうを怖がらせてしまうに違いない。
「誰だ?そこにいるのは。……この町の誰かか?」
五瀬さんは、部屋のあちこちに目をやりながら、時折パネルを見て「ううむ」と唸った。
「確かにこの部屋のどこかにいるはずなんだが……やはり僕の気のせいか?」
五瀬さんは椅子に身体を投げ出し、頭を振り始めた。幽霊の方からここにいると主張してきたわけではない。自分の方がおかしくなった、そう考えたとしても無理はない。
「やっぱりセンサーの異常なのか……」
五瀬さんが再び操作盤に向かった、その時だった。杏沙がふわりと動き、机の一つに近づいた。何をするのだろうと様子をうかがっていると、机の上にある書類立てに手を伸ばし始めた。
あいつ何やってんだ、そう思っていると、杏沙はいきなり詰め込まれているファイルの一冊を引っ張りだすような仕草を見せた。幽霊である以上、当然、一度では動かない。
が、同じ動作を根気よく繰り返すうちに少しづつ、ファイルが前にせり出し始めた。
杏沙はファイルが数センチほど前に出たことを確かめると、満足したように再び移動を始めた。次に彼女が向かったのは、大きな写真が飾られている壁の前だった。
杏沙は壁の方を向くと、手を広げていきなりフォトパネルを揺するような仕草を始めた。
――いったい、何をやろうってんだ?
僕が半分、呆れながら見ていると海外の風景を映したと思われるフォトパネルが少しづつ、左右に揺れ始めた。なるほど、杏沙の姿が見えていなければこれはテレビでよく見る心霊現象そのものだった。
杏沙の不可解な動きを眺めているうち、僕はうっすらとその理由を察し始めていた。
どうやら彼女の行為は、五瀬さんへの幽霊なりのメッセージらしい。やがてパネルががたがたと音を立てはじめ、ようやく五瀬さんの肩が「おや?」というように上下した。
「何の音だ?」
五瀬さんがそう呟いて椅子から腰を浮かせた瞬間、派手な音を立ててパネルが床に落下した。
「馬鹿、やりすぎだ」
僕がそう声をかけると、杏沙は罰の悪そうな顔になってそそくさと僕のいる方に戻ってきた。
「どうにかしてここにいるってことを伝えたかったの」
杏沙は言い訳をするように僕に言うと、床に落ちたパネルを驚きの表情で眺めている五瀬さんを見た。
「これは『生体エネルギー』の仕業か?……だとすると、何らかの意味があるはずだ」
五瀬さんはパネルに視線を落とすと、顎に手をやって「ううむ」と唸り始めた。
「カナダ……じゃないな。国立公園……でもない。……ひょっとすると『森』か?」
五瀬さんははっとした表情になるとパネルの前を離れ、室内をぐるぐると歩きまわった。
「森だけじゃ意味をなさない。きっと他にもメッセージがあるはずだ」
独り言をつぶやきながら歩きまわっていた五瀬さんが再び足を止めたのは、先ほど杏沙がいじり回していたファイル立ての前だった。
「これは……変だぞ。僕がこんな状態で放置するはずはない。ひょっとすると……」
五瀬さんはそう言うと、飛びだしているファイルの位置を確かめ始めた。
「二、三……七番目か。森、七……」
そこまで口にした瞬間、五瀬さんの目が大きく見開かれた。
「……まさか、七森博士?博士がここに来ているというのか?」
五瀬さんは大急ぎで何かを探すかのように、室内を見回し始めた。
「先生、来てらっしゃるんですか?先生なら何か私にメッセージをください!」
杏沙は戸惑ったように眉を寄せながら、僕と五瀬さんを交互に見た。僕は杏沙の計画が成功したことに驚きつつ、ここからが大変だぞ、と言う目で彼女を見た。
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