第24話 伸ばしたその手が消える前に


 僕らは往路を引き返すのをあきらめ、すぐ横にあるパチンコ店の店先に突っ込んだ。


 騒々しい店内を横切って外の駐車場に出ると、少し先の往来にバス停らしき物が見えた。


「よし、バスを使おう。乗れるかどうか試すチャンスだ」


 僕の提案に、杏沙は不安げな表情で頷いた。駐車場と往来を横切ってバス停の前に着くと、ちょうどおあつらえ向きに一台のバスが角を曲がってやって来るのが見えた。


「バスに乗り込んだら、ちゃんと席に座ってるぞって自分に言い聞かせるんだ。それで駄目ならしょうがない」


 僕はそう言ってバス待ちの列にくっついた。幸いなことに周囲に僕らに気づく者はいなかった。しめた、うまく行けば一気に遠くまで行けるぞ。そう思った時だった。


「○×%◇&$▽#☆!」


 突然、理解不能の言葉が投げかけられ、振り向くと自転車屋の男性を含む数人の男女が例の装置を手にこちらへやって来るのが見えた。


「まずいぞ、急がなきゃ」


 バスが停まり乗客の列が動き出すと、僕らはやむなく前に並んでいる人の背を突き抜けて乗車口に飛び込んだ。


「早く、奴らが来る前にみなさん、乗ってくださいっ」


 僕は杏沙と共に後部席に腰かけると、窓の外に向かって聞こえない声で呼びかけた。


 最後の乗客がステップに足をかけた瞬間、自転車屋の男性がバス停に駆けこんできた。


 振り返った乗客がぎょっとした表情を見せると、後ろにいた敵の仲間が「追うな」という仕草をして見せた。


 男性がためらうように足を止めた瞬間、ドアが閉まりエンジンの音が聞こえ始めた。


 助かった、僕がそう呟いた直後、信じられない事が起きた。杏沙の姿がするりと座席を抜け、消えてしまったのだ。


「七森!」


 僕は咄嗟に身体の向きを変え、座席とエンジンを通り抜けてバスの外に飛びだした。


 僕は道路に呆然と尻もちをついている杏沙に「早く、もう一度乗るんだ!」と叫んだ。


「真咲君……」


 なかなか立ちあがれずにいる杏沙にやきもきしていると、突然、奇妙な叫びが聞こえた。


「□%☓▽$○¥!」


 顔を上げると、僕らに気づいた敵が振り返って一斉にこちらを指さしているのが見えた。


「まずい、急ぐんだ!」


 僕が手を伸ばして来いと身振りで示すと、ようやく杏沙がふらつきながら後に続いた。


 まだ戻れる、そう思った瞬間一筋の光があたりを薙ぎ払い、杏沙はその場に膝をついた。


「……あっ!」


 半分ほど薄まった身体であえぐ杏沙に、僕はバスの中に半分埋まったまま「立つんだ、七森!」と叫んだ。やがてバスがゆっくりと動き出し、なんとか立ちあがった杏沙がこちらに向かって歩き始めるのが見えた。


「七森、早く!」


「ま、さ……」


 杏沙がつんのめりながら伸ばした手は、無情にも僕の手をすり抜けた。ふらついた杏沙の身体をまたも光が掠め、杏沙の身体は腰から下がほぼ見えなくなった。


「頑張れ七森!もう少しだ!」


 もがくような動きで伸ばされた手を掴むと、握った感触もないのになにかがそこにあることがわかった。僕は杏沙の手を強く引くと、思い切ってバスの中に飛び込んだ。


「……ふうっ」


 気がつくと僕らはバスのエンジンルームにいた。激しい振動から逃れるように身体を伸ばすと、頭が床から出て乗客の脚がすぐ近くに見えた。


「どうやら無事、逃げおおせたようだぜ」


 僕が床から這いだして空いている席に「座る」と、ほどなく杏沙もやってきて僕の隣に腰を落ち着けた。


「真咲君、私……怖かった」


 身体を丸めてそう漏らす杏沙は今までの強気なイメージとは裏腹に、怯え切った子供のようだった。


「……うん、僕も怖かった。でも僕らだって一人じゃない。身体を手に入れたら少しは余裕も出るさ」


 僕はそういうと、震えている杏沙の肩に、手を置く仕草をした。触れていない手の平になぜか杏沙の体温を感じながら、僕は流れる景色をぼんやりと眺めた。


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