第25話 丘の上の幽霊向け屋敷


「すごいな、幽霊でもちゃんと終点まで乗っていられるんだな」


 バスの後部席からそのままシートを突き抜けて外に出た僕は、去ってゆく車体を眺めながら呟いた。


「乗り継ぎまでしてね。お蔭で研究所のある光が森まで「歩かず」に来られたわ」


 久しぶりにぼんやりできる時間があったからか、杏沙が余裕のある口調で言った。


「問題はここからだな。五瀬さんの研究施設はかなり上の方だって言ってたよね?」


 僕が終点の光が森停留所から上に伸びる坂を見て言うと、杏沙は頷いた。


「この丘陵地の一番奥の区画みたい。たぶん何十メートルか上ね」


「結局、坂を上っていくしかないのか。……まてよ、幽霊は確か五メートルくらいの高さまで登ったら落っこちちゃうんじゃなかったっけ」


「坂道に足をつけながら登れば大丈夫、足元に地面があるって意識していればいいのよ」


「そういうもんかな。研究所まで無事に辿りつけたとしても突然、落っこちたりしたら数十メートルを一気に落下するわけだろ?あっと思った瞬間、地面に激突して即死だよ」


「即死したら、どうなる?」


「そりゃ幽霊に……あっ、そうか」


「もうなってるじゃない。……さ、日が暮れないうちに行きましょ」


 笑いを堪えながら先を歩き出した杏沙を見て、僕は何となくほっとした気分になった。


 僕らは傾斜のある道を、足元を意識しながら歩き始めた。高台の住人は車での移動が主なのか、住宅はそこそこあるものの人通りはまばらだった。


「なあ七森」


「なに?」


「無事に研究所にたどり着けたとして、もしあの商店街みたいにすでに敵に乗っ取られてたら、どうする?」


 僕がずっと抱え続けていた不安を伝えると、杏沙は「なくはないわね」と黙り込んだ。


「……でも、私たちのすることは一つよ。取られたら取り返すだけ。研究所も、身体も」


 久々に杏沙の強気を聞き、僕はすくみかけていた気持ちが再び動き出すのを意識した。幽霊だからってまったくの無力ってわけじゃない。必要な物は戦って取り戻せばいいんだ。


「見て、『光が森四丁目』って表示があるわ。もうすぐね」


 杏沙が指さした前方の区画は高齢者が多いという情報通り、古い個人住宅が多かった。


「緑も増えてきたし、こりゃあ夜は寂しいだろうな」


 僕らは人通りの絶えた道を、奥へ向かって進んでいった。やがて道が大きく右にうねり、両側に立ち並んでいた家並の風景が唐突に途切れた。


「ここから先はもう、家がないみたいだ」


 僕が足を止めて振り返ると、杏沙が「この道でいいのよ」と言った。


「途中から確か私道になっているはず。もしかしたらもう研究所の敷地内かもしれないわ」


「またしても不法侵入か。どうか待っているのが五瀬さん本人でありますように」


「ひとつ付け加える必要があるわ。オリジナルの五瀬さんでありますようにってね」


 杏沙が洒落にならない冗談を口にした、その時だった。


 道の奥に木立に囲まれた鉄柵と、古めかしい門が見えた。


「あれかしらね。……どう?四家さんのイメージにあった風景と同じ?」


 杏沙が門の向こうにぼんやりと浮かぶ白い建物を見ながら言った。


「うーん……ぼろぼろさ加減が何となく似ている気もするけど、敷地の中に入って近づいてみないとなんとも言えないな」


 本当にあそこに行けば『身体』が手に入るのだろうか。早まる鼓動を宥めつつ、僕らは門へと近づいていった。




 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る