第21話 幽霊と偽物たちの休日
「ところでちょっと思ったんだけど」
塀を抜けて通りへ出たところで、ふいに杏沙が言った。
「幽霊って、直接物体に影響を与えることはできないわよね?……でも、昨日のブランコやさっきのマウスなんか、コツさえつかめばわずかだけど関与できる気がするの」
「まあ、ちょっとなら可能かもな。それがどうかしたの」
「研究所の近くまで、なんとかうまいこと乗り物に乗っかっていけないかなと思って」
「それは……試しにバスにでも乗ってみるかい?失敗したら恥ずかしいことになるぜ」
僕が言うと杏沙は「わかるけど……でも試してみたいな」と言った。おそらくバスに乗ったはいいが、自分たちだけその場に残される場面を想像したのだろう。
「家の近くにちょうどバス停があるから、駄目もとでよければやってみてもいいよ」
僕がそう言ってバス停の方向を指で示すと、杏沙は「うん、やってみる」と答えた。
僕らは律儀に道路に沿って移動を始めた。角を曲がった瞬間、ちょうど乗客が降車中のバスが見え、僕らは少し離れた場所で乗り込むタイミングを待った。
「あっ……真咲君、あの人」
降車客を眺めていた杏沙が突然、声を上げた。見ると一人の女性がバスから降りて、こちらへやって来るところだった。
「あれは……小峰先生」
僕らのいる方へ近づいて来たのは昨日、学校で僕らの気配をうかがった『敵』――つまり『アップデーター』に乗っ取られた小峰先生だった。
「先生がどうして……日曜日なのに」
「真咲君のお宅に行くんじゃない?」
「僕の家に?……なんのために?」
「わからないけど、家には仲間……あなたを乗っ取った『アップデーター』がいるわ」
僕ははっとして小峰先生の顔を見た。いつもはかけない眼鏡の奥の目は、普通に瞳があった。はた目には普通の人間と何ら変わらない外見に、僕は逆に怪しいものを感じた。
「まさか、うちの家族に何かする気じゃないだろうな」
「危険だとは思うけど、戻ってみる?」
いきなり問われ、僕は一瞬答えに詰まった。
「……ちょっとだけ様子を見に行ってみよう。絶対に見つからないよう、用心して」
僕は杏沙が無言で頷くのを確かめると、バスをあきらめて自宅へと引き返し始めた。
※
僕と杏沙は再び駐車場のバンの陰に身を潜めると、玄関の様子をうかがった。
まさかと思ったが、小峰先生は杏沙の読み通り僕の家の玄関にやってきた。
「嘘だろ、五十嵐先生だったらわかるけど、どうして」
「だからもう、先生じゃないってことでしょ」
杏沙が冷たく言い放ち、僕は華奢な小峰先生の背中に不気味な物を覚え始めた。
小峰先生がインターフォンに何か話しかけるのが見え、やがてドアが開いて目を丸くした母が顔を覗かせた。
頼む、追い返してくれ――そんな僕の願いをよそに、小峰先生は何度か頭を下げると家の中に入っていった。
「真咲君、もう一度リビングに戻ってみましょう」
「なんだって?正気か七森。急げっていったのは君じゃないか」
僕は杏沙からの意外な提案に一瞬、返答をためらった。
「そうだけど、なんだかこのままにしておけない気がするの」
「落ち着けよ。一階には『僕』がいるんだぜ。幽霊とはいえ、『アップデーター』になっちまった『僕』と小峰先生がいるところに出ていったりしたら、一巻の終わりだ」
「下から行けば大丈夫かもしれないわ」
「下だって?」
「児童会館の時は天井から覗いたでしょ?あれは意外と気づかれやすいみたい」
「下だって同じだよ。姿を見られたらそれでジ・エンドだ」
僕の説得に杏沙は一切取り合わず、駐車場を抜け出すと家の方に移動を始めた。仕方なく後を追っていくと杏沙は玄関前で四つん這いになり、驚いたことにドアではなく床下に向かって潜り始めたのだった。
「いったい、何を考えてるんだ」
僕はやむを得ず同じように玄関前で四つん這いになると、床下へと潜りこんだ。
真っ暗な床下にはコンクリートの土台があったが、僕は構わず突き抜けて先へと進んでいった。
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