第19話 秘密のアジトは僕の部屋
やがてディスプレイ上に僕の名前と、パスワードを入力する欄が現れた。舞彩は身を乗り出すと「新ちゃんの好きなレトロSF……行ける気がするんだけどな」と言った。
「こいつ、本物の泥棒だな。後で覚えてろよ」
舞彩が入力した四文字が何かは隠されていて見えなかったが、設定した僕は直感的に正解だと思った。しばらくすると画面上にデスクトップテーマである森林が姿を現した。
「すごい勘、さすが妹だわ。……ところで何を入力したの?」
杏沙に問われ、僕は不承不承「娯楽SF映画の略称だよ。……畜生、何度も見せて洗脳するんじゃなかったぜ」と答えた。
「ごめんね、新ちゃん」
舞彩が不届きな台詞を口にしながらグラフィックソフトを立ち上げようとした、その時だった。突然、画面上に見たこともない表示が現れ、奇妙な文字列が高速で流れ始めた。
「な、なにこれ?アップデートって……OSの更新?それともウィルスソフト?」
舞彩の後ろから画面を眺めていた僕らも、予想外の展開に唖然とせざるを得なかった。
謎の表示には確かに「アップデート」と英語で記されていたが、その下を流れる理解不能の文字は、異星の物としか思えない奇怪な形をしていた。
「なにこれ……新ちゃん、映画作りがうまく行かなくて、ノイローゼになっちゃったの?」
珍しく僕の身を案じる舞彩の言葉も、それ以上の衝撃を受けている僕にとっては有り難いどころではなかった。
「七森、あれは――」
「おそらく『アップデーター』たちの侵略記録ね。ことによるとあなたのお家は、奴らの前線基地の一つにされちゃったのかもしれないわ」
「……ってことは僕になりすましてる敵は、奴らの司令官みたいな存在ってこと?」
「大いにあり得るわね。そうとわかったら一刻も早く『身体』を手に入れなくちゃ。『幽霊』の状態でここに長くいるのは危険だわ」
僕は思わずうなずいた。杏沙の言葉には説得力があった。
「舞彩の奴、こんなものをいつまでも見てて『僕』が戻ってきたらどうするつもりなんだ」
僕は聞こえないと知りつつ、妹の耳元で呟いた。
「まずいわよ、真咲君。記録を盗み見たことが万一、敵にばれたら妹さんも『アップデーター』に乗っ取られてしまうわ」
「くそっ、よりによって僕が使ってたパスワードをそのまま流用するとは……なんて横着な侵略者なんだ」
「真咲君、冷たいようだけど今の私たちに奴らの行動を止める力はないわ」
「わかってる、急ごう」
僕は杏沙の提案を受け入れた。舞彩の身が心配じゃないと言ったら嘘になるが、これ以上ここにいても僕には家族一人、守ることができないのだ。
「その前に……と」
僕はふと思いつき、舞彩が掴んでいるマウスの上に見えない手を置いた。ブランコでさえ多少は動くのだから、頑張れば一言ぐらいは……そう思って必死に指を動かすと、驚いたことにアイコンが動き、ワープロソフトが立ちあがった。
「えっ、何?また変なことが起きてる。……やめてよ新ちゃん」
まさかすぐ隣に本物の兄がいるとは思うまい。そう思いながら僕は何度も指を動かした。
「嘘……まさかどっかで見てないよね?やばいやばい」
僕が打ち込んだ文字を見た舞彩は、たちどころにパソコンを落とす作業を始めた。
「何を打ったの?……あ、なるほどね。……へえ、幽霊でもこのくらいはできるのね」
震えあがる舞彩の後ろで、僕らは顔を見あわせて笑った。僕が打ち込んだのは「そのへんにしとけよ」の一文だった。
舞彩が椅子から立ちあがり、さすがにこの心霊現象はてきめんだったか、と胸をなでおろしかけたその時だった。階下から「あら、早いお帰りね」という母の言葉と「うん」という『僕』の相槌が聞こえてきた。
――まずい、『僕』が帰ってきた!
同じ声が聞こえたのか舞彩の顔がさっと青ざめ、「嘘っ」と言う形に口が動いた。
――急げ、なにやってんだ馬鹿、早く出て自分の部屋に行け!
しばらくすると階段を上がってくる足音が聞こえ始め、舞彩は慌ててドアに飛びついた。
僕らは後ろから必死で急き立てる仕草を試み、その効果があったのか舞彩は素早く僕の部屋を出た。
やがて舞彩が自分の部屋のドアを閉めるのとほぼ同時に、足音が二階へと到達した。
「よし、ぼくらもずらかるとしよう」
パソコンの音が止まり、足音が部屋のすぐ前まで来た瞬間、ぼくらは壁を抜けて外へと移動した。支える床を失った僕らはゆっくりと下に降りてゆき、やがて侵入した壁の前に着地した。
「もういい?心残りはない?」
「最後にちょっとだけ、両親と兄貴の無事な顔を見てから行きたい」
「もう、しょうがないな。……でも気持ちはわかるわ。じゃあちょっとだけ行きましょ」
僕は杏沙に「ありがとう」と言うと、再び壁を抜けクローゼットの中へ入っていった。
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