第18話 自分のいぬ間に潜入ミッション


「できれば『僕』がいない時の方がいいな」


 自宅の向かいにある駐車場で、ワゴン車の陰に身を潜めながら僕は言った。


「他のご家族はまだ「乗っ取られて」いないのよね?」


「そう願ってるけど、みんなが「本物」だったのは昨日の話だし、今はどうなってるかわからないよ。児童会館にあれだけの『アップデーター』が集まったってことは、うちの家族だけじゃなく町内のほかの家も狙われてたってことだと思う」



「で、どうするの?」


「中に飛び込んだりする気はないよ。やつらと本格的に戦う前に家がどうなってるか知りたかっただけさ。……七森、君はここで待っててくれないか」


「どうしようかな。箱入り息子を一日、お預かりしたんですもの、ご家族にちゃんと挨拶しなきゃ」


「ちぇっ、こんな時に言う冗談かよ」


 僕がたしなめても杏沙は澄まし顔のままどこ吹く風で、一向に取り合わなかった。


「とにかく、敵がいなくなってくれないことには近づくことも……あっ『僕』だ」


 焦れ始めた僕らの前に、何の前触れもなく現れたのは他ならぬ『僕』だった。


 本物の『自分』がここにいるのに、自宅の玄関から出てくる自分を物陰で見ているのは奇妙な気分だった。


「あれが真咲君の『身体』ね?初めて見たわ」


 外見だけならずっと見てるだろう、内心そう思ったものの、当の杏沙はと言えば興味津々で『僕』の挙動を見続けていた。


「――ふうん、こうして見ると君に取りついてる『アップデーター』はかなり高度な個体よね。見た目にはオリジナル……つまりここにいる『幽霊』と寸分たがわない感じだわ」


 杏沙の言葉には僕の背筋を伸ばす効果があった。


「高度か……もし『僕』にとりついた奴が今までの連中より手ごわい敵だったら、家に近づくのも慎重にやらなくちゃいけないな」


 僕はしばし考えた後、一計を案じて「行くよ、七森」と言って家の方に向かった。


 後ろから杏沙がついてくる気配があったが、邪険にすればうるさいと思い、放っておくことにした。


 僕は家には入らず庭の方に回ると、外から自室の窓を眺めた。そして窓の真下に移動するとそのまま壁を突き抜け、家の中に入っていった。


「……ちょっと、入るなら入るって言ってよ」


 一呼吸遅れて入ってきた杏沙が頬を膨らませ、不平を漏らした。僕らが侵入した場所は、ウォークインクロゼットの中だった。


「……しっ、無駄なおしゃべりは控えてくれ。幽霊の声だって相手によっては聞かれるかもしれないんだぜ」


 僕がたしなめると、杏沙は押し黙った。ちょっときついけど、ここは僕の縄張りだ。


「どうする気?」


「自分の部屋に行くんだよ」


 僕はそう言い置くと、クローゼットの床を蹴った。次の瞬間、僕は天井を突き抜けて見慣れた自室の中に出現していた。


「……ふうん、これが真咲君の部屋かあ。案外、綺麗にしてるじゃない」


 数秒ほど遅れて床から飛びだした杏沙が、物珍し気に視線を巡らせながら言った。


「なに、初めて来たガールフレンドみたいな台詞、言ってんだよ」


「ふふっ、一度、言ってみたかったのよ。だって私、今まで友達も満足にいなかったのよ。いいじゃない、これくらい」


 悪戯っぽく笑う杏沙に、僕はぴりぴりした気分が急速に萎んで行くのを覚えた。


「まあいいや。とにかくこの部屋にいる限り、たとえ家族でもいきなりやって来ることはない。ここを拠点に中を見回ろう」


「それで自分が出かけるまで、侵入するのを控えてたのね」


「そういうこと。まあ、ちょっと危ないのも残ってるけど……」


 僕がそう言いかけた時だった。ドアがノックされたかと思うと、返事も待たずにいきなり人影が中に侵入してきた。


「ごめんねー、新ちゃん。また不法侵入しちゃった」


 悪びれもせず入ってきたのは、妹の舞彩だった。閉めたドアを背に立っている舞彩と僕らとの距離は、約一メートル。にもかかわらず舞彩には僕らが見えていないのだった。


「へへ、ちょっと新ちゃんが使いそうなパスワード、思いついちゃった。試しに入れてみていいかなあ」


 舞彩はまるで一人芝居でもしているかのように言うと、僕らを通り抜けてパソコンの前に座った。



 ――あいつ、僕のいない間にこういうことをやっていたのか。コソ泥め。


 僕は舞彩の尻を蹴ってやりたい衝動をこらえ(できはしないのだけれど)、挙動を見守った。舞彩はパソコンの起動ボタンを押すと、悪事を楽しむかのように小鼻を膨らませた。

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