第11話 侵略者は週末の校舎を歩く


 ドラムとギターの音は講堂のかなり手前から聞こえ始め、渡り廊下に着く頃にはライブハウス並みの音となって空気を震わせていた。


 僕が生きていた時の癖でおそるおそる顔を出すと、最前列のあたりで汗を流しながら楽器と格闘している木ノ内の姿が見えた。


「青春ね。私はあんまり学校に寄りつかなかったから新鮮だな、こういうの」


 杏沙が意外にも普通の中学生っぽい呟きを漏らし、僕は「行ってくる」と言って演奏に夢中な木ノ内の方に移動を始めた。


「すまん、ちょっと失礼するぜ」


 僕は幽霊の気配にも気づかない友人に詫びると、演奏の手が止まった一瞬を狙って身体を通り抜けた。中に飛び込んだ瞬間、見えたものはでたらめに混ざりあった様々な記憶の断片だった。


「あ……」


 僕が通り抜けた瞬間、木ノ内の手だけでなく演奏全体が止まり、メンバーの視線がこちらに向けられるのがわかった。だが、無音の中ヴォーカルが唐突に歌いだし、それを合図にドラムが再びリズムを刻み始めた。僕はほっとすると同時に自分はこの絆をいっとき壊そうとしたんだなと胸が痛むのを覚えた。


「どう?何か見えた?」


 杏沙に聞かれた僕は「うん、まあ」と言葉を濁した。実際、僕に理解できたのは映画同好会の打ち合わせらしい、僕と片瀬がいる風景だけだった。それ以外の記憶は全て、バンドとバンドメンバーの物だったのだ。


「おかげであいつの気持ちがよくわかったよ。僕は自分のことしか考えてなかった」


 僕はそれ以上説明せず、不思議そうな顔で僕を見つめる杏沙を促して講堂を出た。


 ――結局、『映画同好会』は僕の独りよがりで『会』なんかじゃなかったんだ。


 僕がほろ苦い現実を噛みしめながら正面玄関の方に進もうとした、その時だった。


 廊下の奥から、人影がこちらに向かってやって来るのが見えた。演劇同好会の指導をしている小峰という女性教師だった。


 どうせ向こうからは見えないのだし、そのまま無視して外にでてしまえばいい、そう思った瞬間、背後から唐突に「気をつけて、真咲君」という声が飛んできた。


「気をつける?……どういうこと?」


「目を見て。……彼女、『アップデーター』だわ!」


「なんだって?」


 思いもよらぬ杏沙の言葉に、僕は慌てて小峰先生に視線を戻した。先生の外見自体は普段とまるで変わらなかったが、目の中が真っ白だった。


「あれが『アップデーター』……」


 僕が呟いた途端、先生の瞳の真ん中にある赤い点が突然、不気味な光を放った。


「気づかれたわ!奴には『幽霊』の存在を感じ取る能力があるの」


「僕らの姿が見えるってこと?」


「見えてはいないと思う。たた、近づいたらわかるはず。今は気配を感じているだけよ」


 先生は下駄箱の前で立ち止まると、きょろきょろとあたりを見舞わず仕草をした。僕らは危険を回避するため、玄関から出ずに壁を抜けて外に出ることにした。


「小峰先生はもう、身体を完全に乗っ取られちゃったのかな」


 コンクリートの壁を抜けて外に出た僕らは、学校の傍にある倉庫に身を潜めて先ほど見た光景のことを振り返った。


「だと思うわ。『アップデーター』は私たち『幽霊』を物理的な存在に変えて吸い込む装置を持ってるの。それを使われたらおしまいだわ」


「ははあ、ゲームでそんなのがあったな。たとえ姿は見えなくても、近くでそんな物を使われたら一巻の終わりだ」


「ほかにも『幽霊』を可視化する道具や、レーダーみたいなものも持っているはず。今後は慎重に行動した方がいいわね」


「なんだい、てっきり無敵の存在になったとばかり思ってたのに。意外としんどいんだな『幽霊』って奴も」


 僕がぼやくと杏沙が「だから一刻も早く研究所に行かなくちゃ。『アップデーター』たちと戦うためには身体があるに越したことはないわ」と言った。


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