第12話 僕らは風にも鳥にもなれない


「――で?次はどうするの?」


「五瀬さんが勤務していた学校に行くわ。同僚の女性をスキャンするの」


「また人間の中を『覗く』のかい。大丈夫かな」 


「人類の命運がかかってるのよ。成功率なんて気にしてられないわ」


 僕は思わず透明な肩をすくめた。まったくこの強気はどこから来るのだろう。


 僕は杏沙に先導される形で、五瀬さんの同僚が勤める専門学校へと赴いた。

 街のど真ん中にそびえる校舎は、まるで保険会社のビルのようにクールな建物だった。


 僕らは自動ドアを当たり前のように通り抜けると、ロビーを横切ってエレベ―ターホールに『足』を踏みいれた。


「あのさ、今まで聞こうとは思わなかったんだけど、『幽霊』って奴は高いところに行くときはどうするんだい?」


「知りたい?……じゃあまず、エレベーターに乗って」


 杏沙は勿体をつけた口調で言うとドアを通り抜け、エレベーターの中に入っていった。


「どうすんだい、これから。上に行こうにも僕らはボタン一つ、押せやしないんだぜ」


 後に続いてエレベーターの中に入った僕は、不敵な表情の杏沙に問いをぶつけた。


「ふふっ、こうやるのよ」


 杏沙はそう言うと、エレベーターの床を蹴る仕草をした。ジャンプの時と同じように勢いよく上がった杏沙の身体は、エレベーターの天井を着き向けて向こう側に消えた。


 僕も同じように床を蹴ってジャンプすると、やはり天井を突き抜けて向こう側へと飛びだしていった。


「どう?ご気分は」


 エレベーターを吊ったワイヤーがどこまでも伸びる薄暗い竪穴で、杏沙は空中に浮いたまま尋ねた。


「驚いたな。このまま上っていければ、飛行機なんていらないや」


「そうかしら。……残念ながら、そううまくはいかないのよ。――ほら」


 杏沙はエレベーターの屋根を蹴ると、先ほどと同じように軽やかに飛びあがった。だが、見続けていると杏沙の姿は徐々に高度を下げ始め、十秒ほどで元の屋根に戻っていた。


「ね?床を蹴る仕草をすればある程度の高さまでは上がれるわ。でも高い場所に浮いたままではいられないの。せいぜい四、五メートルが限度ね。それ以上は多分無理」


 杏沙の説明を聞いた僕は、わくわくしかけた気分が急速に萎んで行くのを覚えた。


「なんだい、ぬか喜びさせやがって。結局、生身の身体の方が飛行機でも何でも使えて便利だってことじゃないか」


「そうよ。当たり前じゃない。だから一刻も早く『身体』を取り戻さなくちゃならないの」


 やれやれ、幽霊になったら何でもできるかと思いきや、ボタン一つ押せやしない。周りの人に気づかれないってのも、見方を変えれば不便この上ない。


 僕は美少女との冒険に浮かれていた数時間前の自分にこう言ってやりたくなった。


 ――幽霊になんてなるもんじゃない。身体があるうちにやるべき事をやっておけよ、と。

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