第13話
「すまない。
全て俺の油断と欲のせいだ」
銀次郎は深々と笹次郎と女房お峯に頭を下げて詫びた。
「嫌ですよ、旦那。
家の亭主は御上の御用をさせていただいているんですよ。
命懸けなのは亭主も私も先刻承知の事。
謝っていただくような事じゃありませんよ」
そう気丈に口にするお峯だったが、銀次郎に酌をしてくれた時の手は細かく震えていたし、笹次郎の胸に晒を巻くときには涙がこぼれそうだった。
銀次郎は酒を口にしたものの、あまりの苦さに吐き出したくなる想いだった。
勝ち金の半分を渡そうとしてお峯の小料理屋に来た時の高揚感は、折れた肋骨に晒を巻いてもらっている笹次郎を見て、冷水を浴びせられたように一瞬で心の底まで冷えてしまった。
笹次郎と別れてからの銀次郎は、軍鶏くらべで勝ちに勝った。
勝った六両に柳川廉太郎が与えてくれた一両を加えた七両が、次の勝負では十四両となり、その次には二十三両となり、その次には四十四両となった。
銀次郎は夢中になってしまった。
もう怪しい浪人の事も笹次郎の事も完全に意識から消えていた。
次の勝負では四十四両を賭けようといたが、一対一では適当な相手が見つからず、掛け率が少し違う三人に分けて勝負になった。
その勝負にも勝って、四十四両が八十四両となった。
立会人も他の賭け客も、銀次郎に注目するようになり、それが更に銀次郎を高揚させ、全く周りが見えなくなってしまっていた。
それでも、勝負勘だけは狂わなかった。
賭けに狂っただけだった。
金額ではなく、勝負に夢中になってしまっていた。
次の勝負ではなかなか相手が決まらなかった。
誰もが銀次郎に乗ろうとして、同じ軍鶏に賭けようとしたからだ。
それでも立会人の腕だろうか。
掛け率を大幅に上下させて、何とか勝負を成立させた。
だが八十四両は百三十九両にしかならなかった。
銀次郎はまだまだ勝負を続けたかったが、このままでは勝負が成立しないと危ぶんだ立会人に、やんわりと止められてしまったのだ。
「旦那、今日はこれくらいで軍鶏を食べて行ってください。
他の旦那衆が楽しめないのは、家としても困るんですよ。
明日も明後日も軍鶏くらべは行われます。
勝負は引き時が肝心ですよ」
熱中していた銀次郎は一瞬苛立ちを覚えたが、賭場の貸元に喧嘩を売ってしまうと、今後出入りができなくなり、大橋家に返す残金が稼げなくなるので、何とか罵声を飲み込んで軍鶏を食べていくことにした。
一人前の軍鶏鍋が十四両と、恐ろしく法外な値段だったが、勝ち金の一割を上納する仕来りだと言われれば、安いとも言えた。
懐に百二十五両の大金を入れた銀次郎は、笹次郎とお峯の喜ぶ顔を見ることができると思っていたのだが、肋骨を折られた笹次郎を見ることになってしまった。
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