第11話
銀次郎に二度目の勝負は早くついた。
弱い方の軍鶏が直ぐに土俵外に逃げてしまったのだ。
立会人のいなせな漢が、配下の若者を厳しく睨んでいる。
逃げた軍鶏の世話をしていたのだろう若い衆が、蒼い顔になっている。
立会人の基準を満たさない、弱すぎる軍鶏だったのだろう。
「やりやしたぜ、銀次郎の旦那。
今回も銀次郎の旦那の勝負勘が冴えましたね!」
笹次郎が二枚の小判を見せてくれます。
今回はさっき買った一両と、廉太郎から預かっている一両、併せて二両賭けてくれたのです。
これで銀次郎の勝ちは三両になります。
もっとも半分は、ここに案内してくれた笹次郎に渡すつもりの銀次郎です。
「今度はあいつに賭けてくれ。
勝負には四両賭けられるのだな?」
「はい、任せてください。
勝負から外されることのないようにしますから」
次の勝負は戦績のいい歴戦の軍鶏の方が強かった。
これでは勝利の配当が悪くなるが、それは仕方がない話だ。
配当が悪かろうが、負ける方に賭ける馬鹿はいない。
今回も銀次郎の読み通りの軍鶏が勝った。
だが四両賭けてももらえるのは三両だった。
だがこの短時間で六両勝てたことになる。
銀次郎から見れば六両は大金だ。
このまま読み通り勝てれば、返さなければならない二百両を稼ぐのも夢ではない。
そう思っていたところに、異様な殺気を放つ男が入ってきた。
明らかに人を殺した事のある、狂気に捕らわれた男の殺気だった。
銀次郎には理解できた。
同じ人殺しを経験した人間として、人殺しをした事のない道場剣士とは違う殺気だと、堅気の人間とは明らかに違う殺気だと、一瞬で理解した。
だがその違いを明確に理解したのは銀次郎だけではない。
笹次郎と立会人も理解していた。
そして立会人と人殺しの男は旧知の中のようだった。
「これはこれは、佐々木の殿様。
よく来てくださいました。
ですがその殺気は控えていただけますか。
軍鶏共が驚いて真っ当な勝負ができなくなります」
銀次郎は、なるほどと思った。
同時に、自分がやろうとしていた八百長が通じないのだと思い知った。
銀次郎は軍鶏の勝負中に殺気を放ち、自分の賭けた軍鶏が勝つように誘導しようかと考えていたのだが、既に同じことをやって立会人に眼をつけられている者がいた。
誰あろう立派な身なりをした、佐々木と呼ばれた人殺しだ。
そして頭から咎められた佐々木の殿様は、そのまま「軍鶏くらべ」の場所を立ち去ってしまった。
「笹次郎親分。
あの男は人を殺したことがある。
後をつけた方がいいと思う」
「旦那もそう思いやすか。
私も同感です。
直ぐに後をつけますんで」
「俺も後をつけるべきなのだが、今は目先の金が……」
「分かっていますよ。
旦那はこのまま勝負を続けてください。
ただ勝負に勝った時は、軍鶏料理を喰って帰ってください。
法外に高くなりますが、それがこの賭場の収入になりますんで」
そう言いおくと笹次郎は佐々木の殿様を追って出て行った。
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