第9話

 銀次郎は房総の笹次郎に話を聞いて、賭場で開かれている博打の説明を聞いた。

 その上で浅草一帯を束ねる香具師の大親分、浅草の矢九郎が開帳する賭場で実際に開かれる丁半賭博を見学させてもらった。

 驚いた事に、東本願寺のお膝元にある寺院群の一つ、龍心寺の一角で堂々と賭場が開帳されていた。


 賭場に入ってからは、銀次郎と笹次郎は世間話しかしなかった。

 イカサマの事を口にする事はできなかったが、修行を重ねた銀次郎の眼で、壺振りの腕とイカサマサイコロの技を見極めていた。

 それを見極める事ができたら、博打の勝負に勝って、二百両を手に入れられるのではないかと、秘かに期待していた。


 だがそれは不可能だと思い知った。

 わずか一日でイカサマを見抜けるようになったが、それを見抜いて騒いでも、殺し合いになるだけだった。

 自分が博徒や香具師を相手にして、殺し合いで負けるとは思えないが、義姉や甥達を狙われては護りきれないと思った。


 内心では落胆していた銀次郎だが、それを笹次郎に見せたりはしない。

 それが武士の矜持だと思っていた。

 だが世慣れた笹次郎は、銀次郎の意地と矜持が分かっていた。

 だから翌日早々から、別の賭場に連れて行った。

 もちろん銀次郎の魚狩りが終わってからだ。


 笹次郎が連れて行ってくれたのは、それなりの料理屋だった。

 軍鶏鉄という屋号の提灯が掲げられた、軍鶏鍋屋だった。

 浅草にあるから、ここも矢九郎の支配下にあるのだろう。

 笹次郎に案内されて店に入ると、通り土間を奥まで抜けて、普通なら裏長屋や裏庭に使われている所が、相撲の土俵のようになっていた。


 そこにはすでに結構な人数の男達が熱気に包まれていた。

 二羽の軍鶏が、いなせな漢によって、男達に披露された。

 その後でいなせな漢が、賭け金と賭け率の合う男を選んでいる。

 いなせな漢が、賭けの立会人なのだろう。

 賭けの参加者が、立会人の納得できる人数になったのだろう。

 闘鶏が始められた。


 ここでは軍鶏の右足首に武器を装備させないようだ。

 立会人に指示された軍鶏の世話人が、二羽の軍鶏を向かい合わせ、互いの顔を突き合わせて興奮させる。

 世話人が頃合いに興奮した軍鶏離すと、軍鶏は足を前に出しながら互いに飛び掛かり、傷つけあう。


 闘志を失った軍鶏が土俵の外に逃げだしたり、致命傷を負った軍鶏が倒れて動かなくなると、賭け金の清算が行われたが、小判が飛び交うのに銀次郎は驚いていた。

 さらに驚いたのは、死んだ軍鶏はその場で捌かれて軍鶏鍋にされ、望む客が別室で食べる事もできるという。

 実に面白い仕組みになっていた。





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