第7話

「そいつは大変な事だな。

 それで二百両のあてはあるのか?

 今のご時世、ぽんと二百両出せる旗本や大名は少ないだろう」


 大橋家との談判があった日の夜、柳川廉太郎に誘われた銀次郎は、房総の笹次郎の女房・お峯が商う小料理屋で飲んでいた。

 そして銀次郎は、今日の話を率直に柳川廉太郎に話した。

 単に世間話、酒席での話にするつもりはなかった。

 南町奉行所の同心として顔の広い柳川廉太郎に、山岡家を買ってくれそうな大名旗本を紹介して欲しかったのだ。


「だから廉太郎に話したのだ。

 山岡家を買ってくれそうな大名旗本はいないかね。

 できれば心映えのいい男を紹介して欲しい。

 孝子を不幸にしたくないのでね」


「ふむ。

 与力の方々なら二百両くらいは簡単に出せるが、与力家では旗本家に養子をおくれないからなぁ。

 まあ一杯やってくれ」


 廉太郎が銀次郎に酒を勧める。

 いつも通り上方の濃い上等酒だ。

 お峰が作ってくれた小鮒のすずめ焼きによく合っていた。

 小鮒のすずめ焼きとは、一匹では食べ応えのない小さな鮒を、背開きにして串にさし、たれを塗って焼いたものだ。

 お峯が丁寧に漬けたなれずしに次いで、二人が好きな料理の一つだ。

 上方生まれのお峯が作る料理は、廉太郎と銀次郎の口にあっていた。


「なあ、銀次郎よ。

 大橋殿のように家督を継げとは言わんが、一念発起して別家を立てたらどうだ。

 お前が本気になれば、学問吟味も筆算吟味も合格できるだろう。

 筆算吟味に合格すれば、婿に来てくれという家のあるのではないか」


 柳川廉太郎は本気だった。

 本気で銀次郎の事を案じていた。

 武士ならしかたがない事ではあるのだが、次男だというだけで部屋住みだ。

 嫡男がどれほど愚かでも、次男が跡目を継げる可能性は極端に低い。

 どれほど家のために貢献しようとも、磯子のように理不尽を行う者がいる。

 

 柳川廉太郎が二百両払える大名旗本を探し出しても、また銀次郎が理不尽な扱いを受けるかもしれない。

 そんな事は耐えられなかった。

 だから、法と正義を守る南町奉行所の同心であるにもかかわらず、不正を勧めるような事を口にしてしまった。


「なあ、銀次郎よ。

 この状態になって、山岡家に届けてしていなかった子供がいるというのは、さすがに疑われてしまう。

 だが、他家なら、届けを出していなかった子供が急に現れても疑われ難いだろう。

 いっそ町方のお大尽に売ってみるか?

 与力で千両だ。

 二百石大番士の家柄なら、二千両、いや、三千両は出すだろう」


「廉太郎。

 絶対に事を表ざたにしないお大尽はいるのか?

 わずかでも疑念がある奴は駄目だぞ」


 銀次郎も本気だった。

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