第6話

「この度の事は儂の教育の悪さが原因だ。

 その件については申し開きのしようがない。

 だから離別については何も言わん。

 だが持参金についてはなかったことにはできん。

 我が家の勝手向きも厳しいのだ。

 今日直ぐにとは言わんが、年内に二百両は返してもらう」


「分かりました。

 妹に婿をもらってでも持参金二百両はお返しします」


 清一郎がはっきりと答えた。

 少し下がって座っていた銀次郎が、うれしくなるほど決然とした答えだった。

 減額や返済猶予を申し出てくると考えていた、元舅の大橋伝次郎信為が返事に窮するほどの決意に満ちた返事だった。


 銀次郎はうれしい気持ちと同時に、金策を考えていた。

 旗本である山岡家は、与力・徒士・同心と違って町方に株を売ることができない。

 持参金付きで養子を迎えられるのは、同じ旗本か大名の子弟に限られる。

 だが旗本も大名も勝手向きが苦しく、扶持高では大差のない与力株が千両で売買されているのに対して、二百石旗本は百両が相場だ。


 直養子を迎えるにしても、五割増しで百五十両にしかならない。

 発覚後の取り潰しを覚悟すれば、届け出していなかった子供と偽って、町方の長者から養子を迎える事は可能だ。

 町方の方に強い縁故があれば、他の旗本家に養子に入れておいて、その子を孝子の婿養子に迎える事も可能だ。


 だができる事なら、そのような危険な不正はやりたくなかった。

 二百両の持参金付きで、孝子の婿養子に来てくれる旗本大名を探す算段を考えていた銀次郎に、大橋伝次郎が話しかけてきた。


「銀次郎殿。

 いっそご貴殿が山岡家の家督を継いではどうか。

 銀次郎殿の槍術の腕前なら、学問吟味の上で上覧も可能であろう。

 上様や幕閣の眼に留まれば、番入りも可能ではないか」

 

 大橋伝次郎の言葉に揶揄するような響きはなかった。

 本気で銀次郎を買っているのは確かだ。

 磯子の持参金の一部を使って、軍馬を購入した大番家系の心意気を買っていた。

 だがまだ腕が未熟で、賄賂を贈る事もできない清一郎では、大番入りに十年以上かかるのは明白だった。


 だが銀次郎なら、上覧さえかなえば、即日大番入りが可能だと思っていた。

 もっとも、番方入りしてから先輩諸氏を接待しなければいけないので、思いもよらない大金が必要になるので、大番入りできたからいいとも限らない。

 そんな事を考えながら銀次郎の答えを待っていると、きっぱりとした返事が返ってきた。


「私の槍術を認めてくださっているのは心からうれしくおもいますが、山岡家の当主は清一郎殿です。

 考えたくもない事ですが、清一郎殿に何かあった場合は、伊之助殿に山岡家を継いでもらいます。

 私は叔父として山岡家を支えてきます」


 銀次郎はきっぱりと言い切った。

 大橋伝次郎はいたく感心したが、持参金の年内返済を変える事はなかった。

 偏狭で不器量な磯子の再婚を考えれば、二百両の持参金はどうしても返却してもらはなければいけなかった。

 出来の悪い子ほど可愛いというのは、娘であっても変わりなかった。

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