第5話

「こんな遅くまで何をしていたのですか!

 部屋住みの分際で遊び歩くなど、立場を弁えなさい!

 厄介叔父で家に負担をかけているのに、恥知らずにもほどがあります!

 もう我慢なりません!

 今直ぐ出て行きなさい!」


 銀次郎が屋敷に戻ると、当主で甥の山岡精一郎義近の妻、磯子が般若の表情で待ち構えていた。

 全く理不尽な言い分だったが、表向きは間違いではない。

 山岡家には精一郎の弟・伊之助直正もいる。

 二人も部屋住みは必要ない。

 当主に何かあった時に家を継げるのは、基本当主より年下に限られる。

 銀次郎は厄介者以外の何者でもないのだ。


 だが山岡家に限っては間違いだった。

 まだ若年の精一郎は、家伝の清心流槍術が未熟で、まだまだ銀次郎に教えを請わなければいかに状態だ。

 日々の食事にしても、銀次郎が獲ってくる魚がなければ満足に食べられない。

 札差への返済も、銀次郎が時々稼いでくる日銭に頼っている。


 だが、だからこそ、精一郎の嫁・磯子には耐えられなかった。

 自分の夫で当主の精一郎が、厄介叔父に師匠の礼をとるのが我慢ならなかった。

 高慢な性格と不器量のため、実家と同じ家柄の旗本に嫁げず、二百両の持参金付きで大番組家格二百石の家に嫁ぐことになり、更に性格が歪んでしまっていた。


「出て行くのは貴女です、磯子。

 実家を笠に言いたい放題のやりたい放題。

 今迄は我慢していましたが、礼を尽くすべき叔父に対する暴言は許せません。

 今直ぐ実家に帰りなさい!」


「まあ!

 なんて恥知らずな!

 私の実家が二百両の持参金を用意したから、他家から養子を迎えず、精一郎殿が家督を継げたのではありませんか!

 それをそのような恩知らずな事を口にするなんて、何か臭い所があるのですね。

 銀次郎と臭い仲なのではありませんか!?」


 バッチーン!


 磯子が張り飛ばされた。

 銀次郎が殴り飛ばそうとしたが、銀次郎より先に、夫の精一郎が張り倒した。

 普段は磯子に圧倒されることに多かった清一郎だ。

 師であり叔父である銀次郎が罵られても、おろおろするだけで何もできなかった清一郎だが、実の母親を不義者呼ばわりされては黙っていられなかった。


「今の暴言を聞き逃すわけにはいかん。

 夜道を今直ぐ実家に帰れとは言わん。

 だがお前のようなモノを妻に置いておくわけにはいかん。

 離別状を書き与えるから、夜が明けたら実家に帰るがいい」


「よろしいのですね!

 本当に宜しいのですね! 

 私を離別したら、持参金二百両両を返さないといけないのですよ!

 それでも私を実家に帰すというのですか!」


「姑に不義の汚名を着せるような女を嫁にするなら、隠居して妹に婿を迎える。

 もう四の五の言っても無駄だ。

 直ぐに実家に帰る準備をしなさい。

 この事情は私も大橋家に行って話す」

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