第4話
「わざわざ足を運んでもらってすまんな、銀次郎。
俺の眼には槍傷に見えるんだが、どう思う」
「確かに槍で突いているな。
左右に十文字槍の鉤傷がある。
今時こんなもので辻斬りをするなんて、何を考えているのやら」
「それが不思議なんだ。
殺されたのはこの辺に出ている夜鷹だ。
刀の試し斬りは聞いたとこがあるが、槍の試し突きなど聞いたこともない。
武士同士の遺恨で、槍を持ち出したのなら分かるのだがな」
銀次郎と廉太郎は色々と話し合ったが、どうにも見当がつかない。
だが廉太郎は最初から銀次郎を捜査の当てにしていたわけではない。
なにがしかの手当を渡すための言い訳として、捜査協力をしてもらうだけだ。
一方銀次郎は、何の役にも立たずに手当をもらうわけにはいないと考えていた。
だから房総の笹次郎の子分達と一緒に、江戸中を聞きまわるつもりだった。
「銀次郎、笹次郎の所で一杯飲みながら情報を待とう」
「そうはいかんよ。
ちゃんと小遣いをもらうんだ。
少なくとも聞き込みくらいはさせてもらうよ」
「それは明日からでいい。
今晩は俺に付き合え」
南町奉行所同心の柳川廉太郎は、定町廻り同心をしているだけに、色々と役得や付け届けがあり、とても金周りがよかった。
だからこそ多くの御用聞きを配下に持ち、江戸の治安を維持することができるのだが、その分色々と溜まるモノもある。
気分を一新するためにも、気の置けない友との酒席は欠かせなかった。
同時に、子分である房総の笹次郎に金を回す意味もある。
笹次郎が女房にやらせている小料理屋で飲食して、普段から金銭が回り、笹次郎が子分を雇えるようにしているのだ。
銀次郎と廉太郎が小上がりに席を温めると、直ぐに笹次郎が女房、お峯が酒を持ってきてくれた。
お峯が持ってきてくれた酒は、上方からの下り酒で、しかも水で薄められていない上等の酒だった。
普通の酒は、上方から江戸に下る途中で、幾人もの業者の間を売買される間に水増しされ、原酒の三倍くらいに薄められている。
だからこそ斗酒も飲めるのだ。
「今日は以前山岡様から頂いた追河をなれずしにした、ちんま寿司を食べていただきますね。
ちんま寿司は鮒寿司よりの臭いがきつくないので、江戸の人でも美味しく食べられるとおもいますよ。
まあ鮒寿司も、煮頃鮒を使って上手に漬ければ美味しいですがね。
江戸で獲れるのは源五郎鮒と真鮒だけなんで、近江ほど美味しくは漬けれません」
銀次郎と廉太郎にはお峯の言いたいことがよく分かった。
確かに材料が限られると、美味しい料理を作る事ができない。
お峯が作った色々ななれずしを食べ、その美味しさの虜になっている二人には、よくわかる話だった。
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