第3話
「こりゃあ立派な鯉ですね。
また家の店にいただけませんかね。
私の方はお返しに米を届けさせていただきますんで」
「いつもすまんな。
親分の持ってきてくれる米は美味いのでな。
家の者はみんな楽しみにしているのだよ」
「そりゃあね。
お武家様がもらう米は不味いですからね。
家もかかあにやらせている小料理屋で、これだけ立派な鯉が出せれば、お客さんがよろこびますよ」
町奉行所や火付け盗賊改で御上の御用を勤める親分は、役所や同心から小遣いはもらっているものの、それだけではとても食べていけない。
ひきあいをぬいて、証人から外す礼金をもらったり、縄張りの商家から小遣いをもらってあくどく稼ぐなら別だが、真っ当に御上の御用を勤めるなら、女房に何か商売をさせるしかない。
だから房総の笹次郎は女房に小料理屋をやらせていた。
そんな小料理屋の名物になっているのが川魚料理だ。
それも銀次郎が獲った川魚を、格安で物々交換している。
売買ならお家取り潰しになる恥なのだが、お世話になっている相手に贈り物をして、相手がお返しをくれるという体裁をとっている。
それでも相手が信用できる相手でなければ、とてもやれない。
房総の笹次郎が、幼馴染の同心が信用して使っている親分だからやれることだ。
「じゃあ、あっしが持たせてもらいます」
「いや、大丈夫だ。
これも鍛錬だからな。
親分は自分が欲しい魚を選んでくれてから、店までの道中を運んでくれ」
「そうですかい。
遠慮ならやめてくださいよ」
銀次郎と親分は色々話しながら山岡屋敷に急いだ。
義姉に事情を話し、義姉が親分にお礼を言い、親分が痛く恐縮するという場面はあったものの、急ぐ事情もあり、親分が欲しい魚を手早く選び、今度は魚籠を親分が担いで小料理屋まで急ぎ、そこから柳原の土手に行く。
随分と悠長なように見えるが、江戸時代の時間感覚などこんなものだ。
日本が時間に厳格になったのは、明治維新が終わり、世界と交流し始めてから、それも徐々に変化していったのだ。
幕末に長崎海軍伝習所教官として西洋式の海軍教育を幕臣に伝えた、オランダ海軍のヴィレム・カッテンディーケは、「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」と書き残すくらい時間にルーズだったのだ。
鯉 :六十センチ・うま煮、洗い、鯉こく、甘露煮、梅煮込み、南蛮・雌が重宝
鮒 :三十センチ・鮒寿司、鮒味噌、鮒飯、昆布巻き、天ぷら、甘露煮、てっぱい
:すずめ焼き、てっぱい、刺身、洗い
鯎 :三十センチ・甘露煮、塩焼き、天ぷら、燻製、いずし・出汁用焼き鯎
追河:十五センチ・ちんま寿司・甘露煮、唐揚げ、テンプラ、南蛮漬け
川鯥:十五センチ・甘露煮、唐揚げ、テンプラ、南蛮漬け
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