1章第5節 児戯

人間とは自らの脳が処理しきれない事象が起きるとそれを自分の知ってる理屈へと当てはめる性質がある。例を出すと夜空に一人でに動く光を発見し、その正体が不明である場合はUFOとして脳が処理を下す。そうやって自らの理の中に無理やり抑え込みストレスを抑えるのだ。では、もしその処理すら超える事象が目の前で起きた場合人間はどうなるのか?氷空はそれを初めて知った。それは夢を見ている感覚に近いしいものであるという事を。

目の前ではシルバと着物の女との激しい戦闘が繰り広げられていた。二人の間には重力を無視するように跳び、剣と傘がぶつかり大気を揺らす。

「どうした?アンタの力はそんなものじゃないだろう?出し惜しみは後悔しか生まないぜ?」

シルバは着物の女の攻撃を余裕をもって捌く。

「貴方、本当に人間なの?こんな膂力は鬼だってなかなか居ないわよぉ?」

対する着物の女も飛ばされながらも華麗に受け身を取る。

「なら少しだけ力を出しても許されるかな?」

着物の女は不敵な笑みを浮かべると突然閉じていた傘を開く、そしてその傘が地面の落ちる前にシルバの後ろに回り込み、刀で斬りかかっていた。

シルバは驚きながらもギリギリの距離で避け左腕の裏拳を繰り出すも感触はなかった。(仕込み刀は予想はしていた。だがあのスピードの上がり具合、それにこの何とも言えない感じは?)着物の女は傘を差してた状態の倍以上のスピードで動きかく乱する。

「あらあらあら?ちょっと力を出しただけで一方的ねぇ?」

そのままシルバの剣戟を掻い潜り懐に潜り込み、そのまま腹へと突きを繰り出す。だがそれが通る事はなかった。シルバが左手で剣を手づかみで止めていたからだ。

「なげぇ得物を使う時に気を遣うのは懐だ。俺が片手でコイツを振るってるのにも意味があるって事だッ!」

シルバは言い終わると仕込み刀ごと着物の女を持ち上げ地面へ叩きつけようと振り下ろす。

「くっ!」

彼女はシルバの左手をサマーソルトの要領で蹴り何とか脱出する。そのままシルバの左拳は地面を大きく砕く。(なんという膂力なの?それだけじゃない…剣を掴んで血の一滴も流さないなんて)着物の女はほんの少しだけ気圧されていた。目の前の男はまだ底を見せていない、加減して勝てる相手ではない事を悟ったからである。(ならば一気に尾を6本に増やす…!)

「また気配が変わった、というかいきなり尻尾が生えたな?…ようやく正体隠して戦える相手じゃないって事を理解したか。こっからが本番って事でいいんだな?」

シルバはその様子を見ると心底嬉しそうする。

「ここから先を見たければ…せめてこの状態の私を圧倒する事ね!色男さん!!」

先ほどとは比べ物にならない速度で着物の女の剣戟が舞う。斬撃の威力も上がっており周りの電線や鉄の柱を容易に切断していた。それでもシルバは目で動きを追い確実に捌く、剣がぶつかる度に身体が浮く感覚を彼女は味わっていた。(斬り合いで勝てる相手じゃない…不本意だけど使うしかないわね)着物の女はシルバの剣の威力を利用し大きく跳び電柱の上に着地する。そして印を結び仕込み刀に蒼炎が宿る。

「妖狐術【蛍火】ッ!」着物の女は剣に纏った蒼炎をシルバ目がけて飛ばした。

「この炎は魂を燃やす蒼い炎…現代の人間にこれを使うのは心苦しいけど貴方はそれ程までに強かったわ」

シルバの居た場所は蒼炎に覆われている、勝負はついたかに思えたが

「こんな弱火で俺の魂を燃やせると思ってるとは…安く見られたもんだな?」

長剣の一振りで蒼炎を吹き飛ばし、彼はほぼ無傷で立っていた。常に不敵な表情を崩さなかった着物の女が初めて驚きの表情を見せる

「貴方…本当に何者なの?6尾でも通用しない人間なんて1000年振りよ?えぇ…本当に楽しくなってきたわね。でも楽しい時間はここまでね」

着物の女は落ちていた傘を拾い仕込み刀を仕舞う。

「流石に暴れすぎたって事か、残念だな」

シルバも長剣を肩に乗せすくめる。

「そうだわ、貴方のお名前聞いてもよろしいかしら?、私は『白露刹那(しらつゆせつな)』という者よ。お見知りおきを」

「俺はシルバ・デストリープだ、次に会う時は邪魔の入らない場所で会いたいものだな」

白露は短く「えぇ」と答えると先ほどまで死闘を演じていたとは思えない程軽快な動きで闇夜へと姿を消した。


「完全に忘れてたが…生きてるよな?氷空?」

戦いの最中、忘れてたもう一人の同行者の名前を呼ぶ。

「生きてますよ!生きてますよね?私!?」

現実離れした事を目撃しすぎて氷空の頭の中はこんがらがっていた。

「愚痴は後で聞いてやるし俺も聞きたい事がある…とりあえずこの場をさっさと離れるか、今の騒ぎで恐らく警察連中が来てるはずだ」

今の状況はネクロのアジトの敷地内、そこには構成員が多く死んでいる。この状態で警察に見つかれば現行犯逮捕は免れないだろう事は氷空にも容易に理解できた。二人は急いで帰ろうと門を潜ろうとした瞬間後ろから怒鳴り声が聞こえる

「待てよ…ッ!テメェら…こんなことしておいて…生きて、帰れると思ってんのかッ!あぁ!!」

そこには横腹から血を流しつつも銃をこちらに向ける黒炎一司であった。

「なんだ?生きてたのか?てっきり殺されたもんだと思ってた」

シルバは氷空を後ろに下げると一司の方を向き答える。

「やめておけ、その傷じゃ動けば死ぬぞ?裏社会で生きてきたお前なら分かるはずだ。そんな玩具で俺は殺せない。それでも引く気はねぇのか?」

シルバの言葉を受けてなお一司は銃口を下ろさなかった

「負ける事は…死ぬ事と同義だ…ッ!殺す殺せねぇじゃねんだよ!俺は勝つんだよ!このクソがッ!!」

一司は銃を一心不乱に乱射する。横腹の痛みに耐えかねて態勢が崩れシルバから狙いが大きく外れても撃ち続けた。シルバは数発のみを避け最短距離で近寄り彼の顔を殴り飛ばす。一司はそのまま大きく吹き飛ばされ動かなくなった。

「加減はした、半年はベットの上で過ごすだろうが悪く思うなよ」

シルバと氷空は一司を置いてネクロのアジトから離れる。

「シル…バ、テメェ…だけ…は」

一司の言葉はパトカーと救急車の騒音でかき消された


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