1章第4節 恐怖

海岸で3年分の涙を海に還した氷空は憑き物が落ちた様なスッキリした顔をしてシルバと共に今後の方針を決める為に帰宅した。

「探偵事務所って聞いてたからもっと狭い場所と思ってたが結構広いな」

氷空の自宅はビルになっている1階はテナントして貸し出しておりコンビニが入っており2階は神崎探偵事務所、3階が居住スペース、屋上は洗濯物を干すスペースとなっている。

「あ、テキトーに座ってください。飲み物はコーヒーでいいですか?それともココア?お酒はないので諦めてください」

シルバはその辺にあった適当な椅子に座りコーヒーを飲み今後についての話を切り出す。

「一先ずの目標としてはカフェの二人組が言ってた『ネクロ』って連中が標的か。その情報は何かあるのか?」

氷空は手慣れた様子でタブレットを開きシルバに説明をする。

「『ネクロ』…正式名は禰紅狼(ねくろう)という中華系マフィアです。ここ半年前から急激に力を付けてきた新興勢力ですね。特徴は大陸系マフィア特有の残忍性と凶暴性、更に武器も大量に密輸しており武力や兵力もかなりのものです。そしてボスの名前は『黒炎一司』アジトはこの街にある旧港です。 今の所集められた情報はこの程度ですね」

「その歳でこの情報収集能力か、流石は3年間探偵事務所を潰さないで切り盛りしてきただけあるな。地頭も良いと見た。いい才能だ」

シルバは素直に感心する。戦いにおいて情報は重要なファクターを占める。先に相手の事を知っておけばそれだけ準備ができ被害が少なく迅速に終わらせられるからだ。

「それほどでも…あるかも?ま、まぁ真面目な話に戻しますと問題はいつネクロに攻め込み兵力をどう集めるかですよね…私も当てはないですし…」

氷空がウンウンと唸っているとシルバが軽く答える

「んじゃ、アジトまでは遠くなさそうだし今から潰しに行って朝までには帰れそうだ 折角久々に柔らかい布の上で寝れるんだな…」

「そうですね~朝までに帰れるといいです…ね?え?今から攻め込むんですか!?」

腰かけてたソファーからずり落ちそうになるくらいに氷空は驚く。相手は構成員推定120名以上、武力も大陸経由の銃火器や刀剣が数多くあり装甲車の存在も確認されている。そんな場所にたった一人で乗り込みあまつさえ朝までに終わらせようというのである。

「いや、力を示して欲しいとは言いましたがいくら何でも分が悪すぎませんか?シルバさんが強いのはよく分かりますがそれでも流石に…」

氷空が言葉を言い切る前にシルバは宣言した

「ネクロは朝日を迎える事はない、この夜で壊滅する。よく見てな雇い主さん、期待外れはさせないからよ」

不安を一切感じさせない足取りでシルバは外へ向かい氷空も急いでその後を追う。時刻は午前1時を回った所、魔が蠢き始める時間…


『ネクロ』、由来は中国の人権を持たない人間たちのコミュニティから派生したギャング組織が巨大化しマフィアに成長したものである。中国では一人っ子政策を推し進め長男以外は産んでも戸籍のない子どもが多数存在している。学校へ行く事も外で出す事もなく奴隷の様な扱いを受けている子どももいる。そのような出自の子ども達は外へ逃げ同じ境遇の仲間に出会う。その為他の古株のマフィアの血の誓約に勝るとも劣らない仲間意識、そして凶暴性と残忍性を秘めているのである。そのようなマフィアに二人で乗り込み壊滅させようと氷空とシルバは彼らの根城前に到着していた。

「ここで彼らのアジトと思われる場所です。既に待ち構えてるかもしれません、慎重に行きましょうね。でもやけに静かですよね…?」

シルバは氷空の言葉を聞き頷き、そのまま鍵のかかった鉄製の門を力ずくでこじ開け叫ぶ。

「遊びに来てやったぜ?さっさと始めようぜ!黒炎一司クンよ!」

しかしその声に答えるものは誰もなくシルバの声は空しく木霊する。そこには数十人のネクロの構成員と思われる男が無造作に倒れていた。シルバが近くの男に近寄り確認をし、口を開く。

「…コイツら、死んでるな。恐らくここに転がってる奴ら全部死体だな」

「死体って…どうして…??」

口を押え驚く氷空だったがある事に気が付く。

「待ってください、その人たち全員死んでるんですよね?なら色々おかしくないですか?」

シルバが「おかしい?」と聞き返し氷空が説明をする。

「この人達は恐らく私達を襲撃しようとしていた、もしくは攻めて来られる事を想定していたと思うんですよ。だから銃や剣を持ってるのだと推測できます。…だとしたらなんで反撃の痕跡も争った跡も、血の跡もないんでしょうか…? この人達に外傷はない…まるで魂でも抜かれた様な…」

氷空が熟考にふけっていると突然強めの力でシルバに肩を掴まれ後ろに押し出される

「その答え合わせは犯人に直接聴くとするか。出てこい、門の前に来た辺りからずっと視線を感じていた。隠れても意味はないと思うぜ?」

シルバが暗い闇が広がる倉庫の奥へ声をかけると一つの影が闇から姿を現した。

「あらあら~結構うまい事隠れてたつもりなんだけど、お兄さんなかなかやりますね。ちょっぴり驚きました」

月が雲から顔をだしその姿が見えてきた。薄紫をベースにして蝶の柄の着物を正しく着付けた唐傘を差した美しい黒髪の女性であった。この死体が転がる場に似つかわしくない存在、だがその違和感を押しつぶすような威圧感を放っていた。

(私の本能が警鐘を鳴らしてる!”この存在はヤバい”怖いとか危ないとか生易しい感覚じゃない…!)氷空は本能で理解していた。彼女が人ではない何かである事を、その存在が人の上に立つ存在な事も

「シ、シルバさんにげ」

彼女はシルバに声をかけるが途中でやめた。理由は簡単、彼はとても楽しそうな邪悪な笑顔を浮かべていたからである。飢えた獣が数日振りに獲物を見つけた様なそんな印象を氷空は抱いた。

「この世界にぶっ飛ばされて来てから退屈で仕方がなかったんだ。得物を出す程の相手も居なかったからな」

シルバは右手を自分の目の前に出し空を掴むような動きをする。その動きをした瞬間彼の目の前に黒い長剣が姿を現した。刃渡りは約190cmのシルバの身長を優に超え2m弱、黒色と白刃が際立つ西洋剣であった。その剣をシルバは掴み切っ先を着物の女へ向ける。

「いい剣だろ?魔剣『アポトーシス』って言うらしいぜ?お前相手ならばコイツを振っても文句はねぇな?同じ血の匂いを漂わせてる者同士…仲良く遊ぼうぜッ!」

着物の女も傘を構える

「なかなか血の気の多い男…でも、嫌いじゃないわ。相手して上げる!」

一対の影が激突する。





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