第118話 アレンとヨル②

「……アレン?」

「どういうことだよ……」


 俺とケイトは心の底から驚き、ヨルの顔に釘付けとなっていた。

 シフォンはヨルの姿を見て、ガタガタと震え出している。


「まさか……まさか……」

「そう言うことよ、姉さん。世界を統一せし者と世界を破壊せし者。その両方の人物が存在するというのが、ビジョンの答えなの」

「ヨル……お前は誰なんだ?」


 俺はケイトの肩に飛び乗り、奴を睨み付ける。

 奴からは底知れない力を感じる。

 強さとかそういう次元を超えたような……とてつもなく危険だと思えるものを内包しているようだ。

 ゴクリと固唾を飲み込み、彼の声を聞く。


「俺は、お前だよ、アレン」

「……何を言っているんだ? お前は俺じゃないし、俺はお前じゃない。さっさと正体を吐けよ」


 ふっと微笑し、ヨルは続ける。


「お前は俺だし、俺はお前だ……まだ俺のことが分からないのか? 本当はお前の体が理解しているのだろう?」

「何を言って……!?」


 ヨルが白いローブを脱ぎ去ると、彼の首にも俺と同じような傷口があった。

 まるで俺と同じく、首と胴体をくっつけたような……

 そこで俺は予感めいた物を得て、ゾクッと寒気を感じる。


「まさか……」

「ああ。そのまさかさ。お前は俺の肉体・・を持ち、俺はお前の肉体・・を持っている」

「ま、魔王……ニーデリク!?」


 ヨルは俺の驚愕の声を聞いてニヤリと笑う。

 俺はドッドドッドうるさい心臓の音を聞きながら、奴の胴体に視線を下ろす。

 あれが……俺の体、なのか?

 証拠なんてないけど……だけど、それが真実だと直感で分かる。

 確かにあれは、俺の体なのだ。


「なるほどな……三悪将がなぜお前についていたのか……元からあいつらはお前の部下だっというわけか」


 ケイトは鎌を背中から取り出し、その刃を相手に向ける。


「そういうことだ。あいつたちにはお前たちのうち誰かの命を奪わせるつもりであったが……結局はこういう結果となってしまった。確定された運命というのは、変えられないようだな。その上――」


 ヨルは自分の手を……俺の肉体であるはずのその手を広げて閉じてを繰り返しながら冷たい言葉を吐き出す。


「この肉体が抵抗するんだよ。お前の仲間たちを殺すことをな。全力を出せない体。果てしなくもどかしかったぞ。だが、ようやく体が俺に馴染んできた。これからは全力を振るうことができる」


 俺の体が抵抗していた……? 

 仲間たちを殺させないように、無意識で抵抗していたというのか……

 ナイス、俺!


「肉体はどうやって手に入れたんだ?」

「あなた、彼の首が天から落ちて来た時……胴体は見たのかしら?」


 シーラが冷酷なまでの瞳でケイトにそう聞く。


「……見ていないな」

「ワクシリルに回収させておいたのよ。最下層の結界には魔族は立ち入れないから、落下する途中で彼を待機させておいてね」


 なんちゅー役をやらされてんだよ、ワクシリル。

 あんなところで待機させられるなんて、寂しかったろうなぁ……


 しかし、こいつのこの自信はなんなのだろうか……?

 俺の肉体を手に入れて……だから何だって話なんだけど。

 魔王の頭部に人間の体。

 特にメリット何てないでしょうよ。


 そう考える俺の思考を読み取るかのように、ヨルは笑い出した。


「お前は自分の能力に気づいていなかったようだな」

「俺の……能力?」

「ああ……お前は願ったことがあるだろう? 魔王と勇者の力を」

「…………」


 そうだ。

 俺は欲していた。

 まだヌールドたちのパーティーにいる時に……

 勇者のような力と魔王の力を。


「だから、何だって言うんだ?」

「それこそがお前の――〈世界〉の力なんだ」

「……はっ?」


 それが俺の能力って……こいつ、何言ってんの?

 ちょっと頭のおかしい奴なのか?


「理解できないのも仕方がない。この能力は信じ難い、凄まじい能力だからな」

「ど、どんな能力なんだよ……?」

「思った通りのことが起こる能力だ」

「……思ったことが起こる?」


 ちょっと何言ってるのか分かんないんですけれど。


「この世界のあらゆる事象に影響を与える思考能力……それこそが〈偽りの世界ワールド〉」

「…………」


 すると突然ヨルは口角を上げ、当然のように言う。


「なんでも可能なんだよ、この能力があればな」


 ドンッ!! という衝撃と共に、激しい地響きが起こる。

 ケイトとシフォンは揺れに膝をつき、ターニャは穏やかに眠りについたままだ。


「な、何が起きたんだ……?」

「アディンセルを消した」

「…………」


 俺は急速に体温が下がる思いで、宙を舞う。

 アディンセルを見下ろすと、そこにあったはずの町はきれいさっぱり消えてしまっていた。


「う、嘘だろ……おじさん……みんな!!」

「心配するな。人は誰も殺してはいない」

「…………」


 俺は心臓をバクバクさせながら、下方にいるヨルを睨み付ける。


「そんなことできるはずがないとでも思っているのだろう? だが、これがお前の――俺の能力だ。人を殺さず町だけを消す。俺はそれをやってのけた。そろそろ理解できてきただろう?」


 ヨルは抑揚の無い声で冷たくそう言い放った。

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