第110話 エドガーとカシス

 邪龍王ヲルスキュラ。

 それは三悪将軍最後の一人にして、ヨルの放った刺客であった。

 ヲルスキュラも疑似魔魂石を使用し、魔王の力を得ていた。


 姿は漆黒のドラゴンで宝石のような青い瞳。

 翼は剣のように鋭く、おどろおどろしい空気を常に身体全体から吐き出している、邪なる竜。

 空を旋回しながら、アレンの仲間たちを殺しにやって来ていたヲルスキュラ。

 レステア軍に魔王軍。

 第三の敵としてここで猛威を振るう……はずだった。


 しかし奴を最初に見つけたのは、火消しを終えたナエであったのだ。


「え……何ですか、あれ?」


 森の中から上空を飛翔するヲルスキュラを発見したナエは、何とも言えない危険を全身に感じていた。

 あれは……早めに対処しなければ。


 そう考えたナエは、自身の能力で、ヲルスキュラを撃墜できる力を創造する。

 彼女の目の前に、大きな深緑の筒が現れた。

 サイズは人間よりもはるかにでかい。

 その筒の先端には、ペンのような先がとがった形の物が六つ備えられていた。

 それももちろん人間よりも大きいサイズで、ナエは筒の後ろに回り込み、ヲルスキュラに対してそれを向ける。


「ロケット弾――発射!」


 凄まじい音と炎を巻き散らしながら、ロケット弾と呼ばれる六つのそれは、ヲルスキュラに向かって飛び出した。


「!?」


 ヲルスキュラは猛スピードで接近するそれをギョッと目で捉える。

 しかしあまりに速いロケット弾に対応できず――直撃を喰らう。


 空中で大爆発が起き、その場にいる全員が空を見上げる。


「……何だ?」


 ケイトは怪訝な表情でその爆発を見上げるが、すぐさまソルトの方に視線を戻す。


 こうして誰も気づかないうちに、ヲルスキュラはナエによって討伐されてしまった。

 最初に見つけたのがナエでなければ多大なる戦果を挙げるところだったはずなのだが……これも運命なのであろう。

 誰一人傷をつけることもできないまま、この世を去ってしまった。



 エドガーとカシスの戦いは、互いに止めをさせずに拮抗したまま徐々に体力を削り合うよな形になっていた。

 辟易し始めるカシスは溜息をつく。

 エドガーは大きく息を吐き、勝てるタイミングを窺っていた。


 しかし、タイミングを掴んだのはカシスの方だ。

 コーニールとの戦いに集中していたウェンディが、カシスの近くまで接近する。


 エドガーは目を見開き、ウェンディに危険を避けぼうとした。

 カシスはそのエドガーの変化を見落とさず、ウェンディを後ろから羽交い絞めにする。


「うっ……」

「これ、君の大事な物なんでしょ? 殺されたくなければ、そこを動かないで下さい」

「…………」


 エドガーは持っていた大剣を地面に突き刺し、エドガーの指示に従う。


「ちょっとカシス! 僕が戦っているのに邪魔しないでよっ!」

「敵はまだ沢山いるのです。確実な方法で削っていかなければ、俺たちに勝ち目はありませんよ」

「…………」


 不貞腐れるコーニール。

 カシスはそんな彼に穏やかな表情で言う。


「代わりに、あの男を殺して構いませんから」

「……ちぇっ」


 コーニールは渋々と言った様子でエドガーに近づいて行く。


 終わり……なのか?

 だがウェンディが人質に取られてしまったのでは、こちらも動きようがない。


 弱実に近づいて来る死にゾクリと背筋を冷やすエドガー。

 だが……最後の瞬間までは……死を与えられるまでは諦めない。

 エドガーは奇跡を信じながら、カシスたちを見据えていた。


「エドガー……ごめん」

「ふっ……心配しなくても君もすぐに彼の下へと送ってあげますから――」


 余裕の笑みを浮かべるカシス。

 しかしその時、森の方から飛び出して来るチェイスの姿が。


「!! チェイス!」

「僕だって……僕だって、みんなの仲間なんだ!」


 チェイスは震える手で古代魔導書を手にしていた。

 

 全身は恐怖に震え、重い。

 吐き気が胸から込み上げてきて、心臓は冗談のように激しく踊っている。


 怖い……怖い。

 だけど……仲間を見捨てるなんて、もっと怖い。

 僕は子供かも知れないけど、みんなの仲間なんだ。

 仲間のピンチを救うのは――仲間なんだ!


「〈サンダーボルト〉!!」

「なっ……!?」


 チェイスの右手から放たれた魔術。

 眩い雷の束がカシスに襲い掛かる。


 バチバチと感電するカシスの身体。


「恩に着る――チェイス」


 ウェンディは彼の手から逃れ、エドガーは神速に近い動きでコーニールの首に手刀を打ち気絶させ、カシスへと接近する。


「俺だってお前と同じ立場なら人質を取るだろう。だから、このチャンスも存分に生かせてもらう。手加減などしない」


 エドガーは、雷を浴び続けるカシスの背後から、短剣を突き刺した。

 ズブリと腰に深く刺さる短剣。

 カシスは驚愕の表情でエドガーを見ながら、その場に倒れる。


「エドガー……ごめん」

「お前は悪くない、ウェンディ」


 抱き合う二人。

 だが突如、「きゃっ」という女性の悲鳴が聞こえてくる。


「いちゃついてるところ悪いけどよ、あんたらもさっさと倒させてもらうぜ」


 悲鳴を上げたのはイース。

 彼女は気絶して大地に寝っ転がっていた。


 そんな彼女の意識を刈り取ったのは、セシルたちを倒してやって来ていたツクモであった。

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