第109話 魔王テレサ

「誰?」

「わらわはフレイムールの魔王、テレサ!」

「ああ……キリンの」

「む……どうやら〈魅了チャーム〉をかけられたという話は本当のようじゃな」

 

 本当じゃないから。

 ってか、その話知ってるんだ。


「で、俺に何の用だよ? ちょっと急いでるから話ならさっさと済ませてほしいんだけど」

「フレイムールの仲間たちのことを心配しておるのだろうが……その必要はないぞ」

「何でさ?」

「はーっははははは!」


 テレサは高笑いし、そして空高く飛び上がり俺の目の前に降り立つ。

 背は、やはり小さい。

 子供だ。

 完全に、完璧に子供だ。

 これで魔王なの?


「それは、貴様がここで死ぬからだ!」


 そう言ったテレサの胸元辺りが怪しく光り――


 銀髪が黒髪に変化し、体が成人男性ぐらいのサイズまで大きく変貌する。

 全身に紅い紋章が浮かび上がり――完全に魔王としての姿を現せた。


「こ、この女……化け物か……」


 クリスリンがテレサの姿を見てガタガタと震え出した。

 サンデールはクリスリンを守るように彼女の前に立ち、冷や汗をかきながらテレサを睨み付けている。


 確かに凄まじい力の持ち主のようだ……

 魔王二人と比べても圧倒的な力を感じる。

 俺が今まで出逢った、どんな奴よりも強大な力を感じるぞ。

 腹の奥までズンズン重たくなるようなプレッシャー。

 控えめに言っても……化け物レベルで間違いないだろう。


「……お前の実力、魔王を超えているようだが、それはわらわとて同じことよ」

「はぁ……」

「魔王になるのなら、今の内だぞ。死んでからは後悔もできないのだから、手の内は全てさらけ出しておいた方がいいのではないか?」

「まぁ、確かにそうかな……ターニャ。ちょっと離れててくれ」

「分かったー。でも相手は子供なんだから、あんまりイジメちゃダメだよ?」

「こ、子供じゃと……?」


 ターニャの言葉に目元をピクピクさせるテレサ。

 離れて行くターニャの背中をギロリと睨んでいるが、ターニャは気にすることなく、俺に手を振っていた。


 俺は魔王の姿に変身し、テレサと対峙する。


「ふん……わらわを子供扱いしおって……貴様らは地獄の業火で消し炭にすることを決定した!」

「消し炭か……怖いなぁ」


 俺の言葉に完全に頭にきたらしく、テレサは黒い炎を巻き起こし、両手を高々と突き上げる。


「死ぬがよいわ――魔王アレンよ!!」


 俺の足元から黒炎が立ち昇る。

 炎に包まれた俺の姿を見て、テレサは高笑いをしていた。


「はーっははははは! これが炎の魔王、テレサ様の魔力じゃ! 思い知ったか!」

「強い……やっぱりこの女、半端じゃねえ」

「……うん」


 テレサの膨大な魔力に恐れ戦いているクリスリンとサンデール。

 しかし、


「はーっはははは……は?」

「…………」


 俺が無言で炎から歩いて出てくる姿を見て、キョトンとするテレサ。

 うん。凄い魔力だと思うよ。

 でもなぁ、俺には利かないんだよなぁ。

 残念。


「ど、どうなっておるのじゃ……」


 俺はそのままテレサの眼前まで移動し、彼女の体を抱きかかえる。


「え? ええ? 何々? 何をするつもりなのじゃ?」

「子供が――」


 俺はテレサのおしりを力強く、怒りを込めてバシンッ! と叩く。


「火遊びをしちゃいけません!」

「ギャーーー!!」

「俺だったからいいものを、普通の人だったら火だるまになるところだったでしょう!」


バシンッバシンッと二回続けておしりを叩く。


「痛い痛い! 痛いのじゃぁ!」

「止めてほしかったら謝りなさい! そして魔魂石を出しなさい! そんなものは子供が持ってちゃいけないものなんです!」


 バシンッバシンッと乾いた音が闘技場に響き渡る。

 あまりの光景に、クリスリンとサンデールは言葉を失い、唖然としていた。


「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ! あれが無かったら、わらわはもう魔王じゃなくなる――」

「まだ分からないのか! いいからさっさと出しなさい!」


 先ほどよりも、少しばかり力を込めておしりを叩いてやると、テレサは涙を流しながら元の姿に戻る。

 そして手に魔魂石を現出させ、ひんひん泣きながら懇願した。


「これでいいじゃろ! だから……だから許してくれー!」


 俺は彼女の体を下ろし、魔魂石を手から奪う。

 まったくもう……こんなもの、子供が持つには危険すぎるっていうのにっ!

 なんて、なぜか俺は、テレサのお母さんにでもなった気分で憤慨していた。


 俺は人間の姿に戻り、テレサを見下ろす。

 テレサは大粒の涙をこぼしながら、おしりを抑えている。


「なんで……なんでお主はこんなに強いのじゃ! わらわは魔王を超えた存在なんじゃぞ!」

「うーん……だったら、俺は魔王を超えた魔王。さらにそれを超えた魔王なんじゃない?」

「やっぱアレンは世界最強だねっ!」


 ターニャはそう言って、俺の胸に飛びついて来た。

 テレサはいまだに納得いかない様子で俺を見上げ、クリスリンとサンデールは唖然としたまま。

 一緒にいた獣人は、あまりの俺の強さに放心してしまい、意識が無かった。

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