第92話 アレン対エルフ②

 ドシャッとン=ドウェンが大地に落ちる音が響いた瞬間――

 俺はターニャとキリンごと皆が捕えれている場所へと〈空間転移テレポート〉する。


「なっ!?」


 イースたちはキョロキョロと周囲を見渡し、そして俺を見つける。

 俺の周りにいるエルフたちは〈魔犬の鎖バーゲストチェーン〉で足元から拘束した。


「ぐぅううう……」

「動けない……」

「私もアレンの告白に動けない……」

「いや、ターニャは動けるだろ。ほら。下りてくれ」


 ターニャは「ヤダ」と言いながら俺の首に腕を回す。

 あ、柑橘類のいい匂いがする……

 じゃなくて、離れなさいって、もう。


「〈癒し束縛する悪魔デビル〉!」

「こ、これは……?」


 キリンが能力でエドガーの動きを止める。

 彼はピクリとも動けなくなるが、力を込めて抗っていた。


「無駄よ。これを解ける者など存在……しなかったはずなんだけど」


 チラリとキリンは綺麗な瞳で俺を見る。

 俺は解けてしまったからなぁ。

 存在しなかったはずの者が存在してしまった。

 彼女は複雑な表情をしていたが、視線をエドガーに戻す。

 いや、エドガーではないな。

 エドガーの足元にいるケイトに視線を向けている。


「早く彼女を助けないといけないんじゃないの?」

「そうだな。今助ける、ケイト」

「大丈夫だ」


 ケイトはパチっと目を開けるも、苦しそうに顔を歪めている。

 意識がさっきまで無かったのは本当らしく、少し朦朧としている様子だ。


「自分で逃げれるよ」


 そう言ってケイトは、自分の影にドボンと沈み、こちらに移動して来る。

 俺の影から顔を出し、ふーっとため息をつく。


「ン=ドウェンの奴が思っていた以上に強くなっていてな」

「みたいだな。この間と比べると、段違いの力を感じるよ」


 俺はそう言いながら仲間たちの様子を窺う。

 ケイト含め、傷だらけになっている。

 特にセシルが重症で、腰辺りから止めどなく血が流れ出ていた。

 痛そうだな……俺だったら間違いなく泣き叫んでるところだよ。


「〈妖精の癒しフェアリーヒール〉!」


 みんなの傷が高速で癒えていく。

 その様子を見ていたイースたちは驚愕の声をあげる。


「あ、あんな回復力、見たことないわ」

「あれが……魔王の力なの?」

「分からないけど……あいつを倒さない限り、エルフの未来は真っ暗ということは確かよ」


 イースはモルタナと言葉を交わしながら弓を引き絞る。

 

「あなた、あの時の猫さんみたいね」

「ああ。そういうことだよ」

「ふざけた真似をして……」


 モルタナはイースと同じように弓を引き、俺を見据える。

 怒りを感じさせない、まるで清水のように穏やかな瞳。

 だがその胸のうちは瞳とは正反対らしく、グツグツと煮えたぎる音が聞こえてきそうな、そんな空気を放っている。


 モルタナに続き、全エルフたちが弓を構えた。

 大地に足を付けて狙う者、木の上から狙いを定める者、どこかに潜んでこちらを目標に定めている者。


 そして、


「撃て!」


 モルタナの一言に全方位から弓が射出された。

 もうあれだな、矢の雨だな。 

 こんなの喰らったらひとたまりもない。

 穴だらけになってぽっくりあの世行きだ。

 

「ど、どうするの?」


 キリンはゴクリと息を飲みながら俺に訊ねる。

 俺は余裕の笑みを向けて、こう言った。


「こうするのさ」


 俺はターニャを抱いたまま、全身の魔力を解放してやる。

 広範囲に力が渡るように、意識を拡大していくように、全ての敵を倒すイメージで――


「〈死霊王の黒雷陣ライトニングフィールド〉!」


 黒い雷が球体となり、俺を中心に外へ外へと広がっていく。

 それは全ての矢を飲み込んでいき――さらに、エルフたちの体をも飲み込んでいく。


「こ、こんな力――」

「ああっ……!」


 モルタナもイースも、そしてエドガーたちも雷を喰らい、その場に倒れていく。

 矢は全て消滅し、俺たちには届いていない。

 そしてこちらの攻撃は全て直撃というわけだ。

 キリンはポカンとしていて、ターニャは相変わらず俺に抱きついており、ケイトはケイトで背後から俺を抱きしめてきていた。

 ちょっと動きにくいから離れて、君たち。


「やっぱりお前は強いな、アレン」

「そんなことより、もっかい言って、私のこと好きって」

「お前は阿呆か? あれはただの作戦だよ。まさか、あんな嘘を真に受けていたのか?」

「嘘じゃなくて、真実の愛を語ったの、アレンは!」

「真実と言えば、私のことを好きだと言ってたぞ」

「……嘘ッ! そんなの絶対言ってないっ!」


 言ってない。

 絶対に信じてはいけないぞ、ターニャ。

 だけど俺の言葉も信じてはいけないぞ。

 だって嘘だったんだから。


「ま、まさか……君以外の者に、私を倒せるものがいるとは……」


 ン=ドウェンがフラフラと起き上がりながら、俺を冷たい瞳で見据えていた。

 俺はケイトとターニャを引き剥がし、ン=ドウェンに向かって一歩踏み出す。


「これが運命の力だ。どんな状況だろうと、どんな奴が相手だろうと、全てを切り開く力がここにはある」

「それが……運命の力ですか」

「ああ」

「…………」

 

 俺たちの間に、静けさが訪れる。


 次の瞬間、ン=ドウェンが最後の力を振り絞るように、全身から禍々しいオーラを放つ。

 俺はそれと同時に、魔玉石の力を解放し魔王の姿になる。


「私は君には敵わない……ならば!」


 ン=ドウェンは俺から視線を外し、イースに向かって黒き力を解き放つ。

 暗黒の閃光がイースに襲い掛かろうとしている。


「闇の力を持って、運命の歯車を狂わせてみせましょう! 全てはヨル様のために!」

「お前程度の奴に、狂わせられるか!」


 〈空間転移テレポート〉でイースの前に移動し、〈鷲獅子の風ジェットタイフーン〉でン=ドウェンの力をかき消し、相手の体を上空へと打ち上げる。


「がぁあああああ!!」

「〈万物強化アッパード〉――」


 右拳にありったけの魔力を集中させ、ン=ドウェンに向かい全力で放つ。


「〈空間裂断ディストーションブレイド〉ォオオオオオ!」

「ば……化け物です――ね」


 体の何倍もの強大さを誇る黒い輝きが天に向かい、容赦なく伸びていく。

 それは易々とン=ドウェンの全身を飲み込み、曇り空をも消滅させ、眩い青空を強制的に出現させる。


「こんなもの、勝てるわけがない……」


 ぼんやりと意識があったモルタナは俺を見てそう呟いた。

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