第79話 イース
腰まで伸びた艶やかな緑色の髪。
とがった耳に大きくくりくりした碧眼、ケイトやターニャにも劣らない容姿。
その完璧なプロポーションがよく分かる、必要最低限しか守るつもりがないのだろうかと思うピチピチした服。
背中には弓を背負っている。
「イース。エルフとドワーフの戦いを止められるかも知れない人が現れたの」
「まさか……そんなことができる人がいるの?」
ケイトとターニャに怪訝そうな視線を向けるイースと呼ばれた美少女。
ジーッと見た後、ふっと鼻で笑う。
「ウェンディ。この人たちが戦いを止められるなんて……そんな風にはとても見えないわ。人を見る目はあるのに、今回ばかりは――」
「この二人じゃないわ」
「? だったら、誰が……」
誰かを探すようにキョロキョロ周囲を見渡すイース。
するとターニャが、俺をケイトから奪い、ずいっと彼女の目の前に突き出す。
「こ・の・ひ・と・が! 私のフィアンセで最強の男、アレンよ!」
「……この子、頭大丈夫?」
青い顔をしてイースはウェンディに伺うような目を向ける。
「猫がフィアンセとか、最強とか……人間ってこんな人が多いの?」
「こいつは例外も例外の女だ。少し頭はあれなところは目をつむってくれ」
「ちょ、ケイト! なんで私の頭がおかしいみたいな感じで話進めようとしてんのよ!」
「だって……事実だろ?」
「事実じゃないもん! 私、おかしくないし!」
「…………」
ポカンと二人のやりとりを見ているイース。
俺は咳払いし、彼女に自己紹介を始めることにした。
「はじめまして。俺はアレン。最強かどうかは分からないけど、いざこざを収めるためにここにやって来た」
「えええっ!?」
驚愕。
イースは飛び上がるぐらいの勢いで驚き、数メートル後ずさる。
顔を引きつらせて、喋り始めた猫である俺を凝視していた。
ちょっと、傷ついちゃうからそんな反応はやめてね。
「ね、猫が喋った……」
「ビックリするよね。私もビックリした。でも、この子からはとてつもない力を感じるの」
「そ、そうなの……?」
一度目を細め俺を見て、ふーっと息を吐くイース。
「余計、なんとかできそうに見えないんだけど……でも、ウェンディがそう言うのなら信じるしかない、か」
「あっ」
俺はイースにターニャから奪われ、彼女の胸の中に納まる。
ケイトと同じぐらいの柔らかさ……エルフの胸もまた、天国であった。
ムッとするターニャが何か言おうとするが、イースが制するように話す。
「他のみんなは入れないから、ここで待ってて」
「そいつはいいのか?」
ケイトが不機嫌そうに聞く。
「猫だから、大丈夫でしょ」
くすりと笑うケイト。
あいつ、俺が猫扱いされるのを楽しんでるな……
まぁ、人間の姿にならない俺も悪いのだけど。
イースに連れられてやってきたのは、村の一番奥にある一番大きな建物であった。
木造のその建物の中は、ウェンディの家のように質素で、煌びやかなものは何一つとして無かった。
質素で、しかし大きく人が何十人と入れるような所。
その中には、イースとよく似たエルフの女性がいた。
肩まで伸びた緑色の髪で、イースよりも胸が大きく、背が高い。
イースはキツそうな目をしているが、彼女は穏やかそうな瞳をしている。
優しそうで、母性を感じる……そのような印象のエルフだ。
「姉さん」
「イース。どうしたの?」
「……ドワーフとの戦い、止めるつもりはないの?」
穏やかそうであり、しかし、意志の強そうな瞳で彼女は頷く。
「あそこをドワーフに取られると、今まで拮抗していた力関係が崩れてしまう。そうなれば、ドワーフたちはエルフを滅ぼそうと躍起になるでしょう。それは、どうしても止めなければならない。それはあなたにも分かるでしょ?」
「でも……殺し合いをするなんて、間違っているわ。仲良くしろとは言わないけど、今まで通りの関係を築くための話し合いを――」
「そんなの、不可能よ。私たちは彼らとは分かり合えないし、分かり合うつもりもない」
「…………」
なるほど。
争いを止めたい妹と、争わざるを得ないと考える姉、か。
姉はドワーフとの関係を結ぶつもりは毛頭なく、戦いの道を選んでいると見える。
周囲に数人のエルフがおり、彼らは姉に賛同するようにイースを睨み付けていた。
そうか、エルフ側の大多数が争いに賛同しているんだな。
俺は一度嘆息し、控えめの声で話しかける。
「あのー……」
「「「えええっ!?」」」
その場にいたエルフたちは、皆目を丸くして俺を見た。
もう慣れたからいいけどさ。
「俺はアレン。エドガーとウェンディに頼まれて、あんたたちを止めに来た」
「……そう。あの二人の使者なのね。私はモルタナ。エルフの女王。ここまで来てくれた猫さんには悪いけれど、やめるつもりなんてないのよ」
「……争いなんてしたら、死人が一杯出るだろ? そんなの、止めた方が――」
「部外者の猫さんは黙っててちょうだい。イース。その子を連れてここから出て行って」
「でも、姉さ――」
「出て行きなさい!」
それは女王としての命令か。
はたまた姉としての有無を言わせぬ発言か。
どちらかは分からないが、イースは何も言えなくなり、踵を返す。
「え? 出て行くの?」
「ああなったら姉さん、話を聞かないから……」
俺はイースの胸の中で両前足を組んで思案する。
なんか……思った以上に面倒なことになりそうだな……
もう力尽くしかないか?
なんて早速最終手段を考え出してしまう俺だった。
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