第78話 ウェンディ

 アンポートから出航して3日目の朝。

 ようやくアースターに到着した。


 今いるのは大陸の北側、エルフたちが生活をしている村のようだ。

 エルフたちは人間の船を受け入れてはいるが、どちらかと言えば、商品を受け入れているだけのような様子。

 人間とは物品の受け渡し程度はするものの、極力交流をしようとはせず、やることを終えるとそそくさとその場を離れてしまう。


「エルフは自然の物だけでも生活をしていけるが、中には人間の作る道具や食品を好む者もいる。他の種族が嫌いだが、交流を完全に断ち切ろうとは考えていないようなんだ」


 船を降りながらエドガーはそう説明する。

 俺はケイトの胸の中から、エルフたちの姿を眺めていた。


 あまり人間と変わらないようには見えるが、耳がツンととがっていて、そして容姿端麗の者が多い。

 エルフにはそのためか、ナルシストな者が多いらしい。

 だからこそ、他の種族を見下すのだろう。

 もしかしてヌールドはエルフの血を引いているのでは?

 そう思うぐらい自分に酔っている者が大勢いるのだ。

 ヌールドを引き合いに出したのは、エルフには悪いけど。


「ついて来てくれ」


 エドガーについて、森の中を歩いた。

 エルフの森って、なんだか不思議な感覚がする。

 まるで教会にでもいるかのような、神聖さというか、力を肌で感じる。

 森に力があるんだ。

 ケイトもターニャも森の中では言い合いをせず、ただ静かにエドガーの後ろをついて歩いていた。


 そして1時間ほど移動すると、家が一軒、ポツンと森の中に建っているのが視界に入る。


「あそこだ」

「あそこって……何があるんだ?」

「ウェンディ……俺の、大事な人があそこに住んでいる」


 ギギィと木の扉を開けると、中は無駄な物は何一つない、質素な暮らしぶりがうかがえるものであった。

 テーブル席に座っている、肌の黒いエルフが一人いる。

 抜群のプロポーションに銀色の髪。

 腰にはレイピアが帯刀されていた。

 彼女は太陽のように明るい笑顔を、俺たちに向ける。


 俺は右前足を振ると、彼女は一度キョトンとし、こちらに手を振り返してきてくれた。

 うん。いい人そうだな。


「エドガー。この子たちは誰?」

「エルフとドワーフの争いを止めてくれる……」

「……え?」

「かも知れない人だ」


 苦笑いをするエドガー。

 ダークエルフの女性、ウェンディはケイトとターニャの顔を交互に見やる。


「……確かに大きな力を持っているみたいだけど……争いを止めれそうなほどでは……」

「止めるのは私らじゃない。こいつだ」


 ケイトは俺の首を持ち、ずいっとウェンディの前に出す。

 おい、本当に猫扱いするなよ。

 まったく……


「はじめまして。俺、アレン」

「え……ええ。私はウェンディ。よろしくね」


 ギョッとするウェンディ。

 もうその反応は慣れてきたよ。

 猫が話すのはおかしいよね。


「……これが? いや、でも、凄い力を感じる……」

「この間も、強敵を難なく倒してしまった。見た目はあれだが、実力は間違いないだろう」

「……イースに会ってもらったほうがいいわね」

「ああ。俺もそう思う」


 イース?

 誰だそれ?

 ウェンディは「ついて来て」と先ほどのエドガーのように一言だけいい、立ち上がり家を出る。

 エドガーと並んで歩くウェンディにまたついて歩く俺たち。


「また誰と会わすつもりだよ」

「さあ。誰と会ってもいいけど、そろそろゆっくりしたいんだけど」

「だよねえ。私も歩くの疲れたぁ」


 ケイトとターニャは歩きながらぶつくさ言い出した。

 ちょっとぐらい歩くの我慢しろよな。

 俺は全く疲れてないというのに……

 あ、俺、全然歩いてないや。

 ケイトの胸に納まったままだし、楽してばかりだ。


 またそこから1時間ほど歩き、今度はいくつも木の家が建ち並ぶ村へと案内された。

 森に囲まれたその村は、神秘的な雰囲気があり、なぜかウェンディは村の前で立ち止まり、中に入ろうとしない。


「ねえ」

「……ウェンディか」

「悪いけど、イースを呼んできてくれない?」

「…………」


 村の入り口付近にいたエルフは、ウェンディを一睨みしてから村の奥へと消えていった。

 なぜウェンディは村に入らないのだろう?


 そんな風に考え、ウェンディに視線を向けていると、彼女は「ああ」と短く漏らす。


「ダークエルフは、エルフの村に入ることができないのよ」

「……なんでさ?」

「ダークエルフは毛嫌いされているからね。と言っても、ダークエルフだけじゃなく。他のどの種族だとしても、立ち入ることは禁止されているけど……あーあ。なんで私、ダークエルフになんて生まれてきちゃったんだろ……」


 明るいはずのウェンディは、急にずーんとこれ以上ないぐらいに暗く沈む。

 暗黒という言葉がよく似合う、暗い顔で暗く笑っている。

 どうしたんだよ、一体。


「……ウェンディは一度落ち込むととことん暗くなるんだ……元に戻るまで待ってやってくれ」


 エドガーは嘆息しながら、俺たちにそう言う。

 なんというか……ちょっと面倒な人なんだな。


 黙ってその場で待ちぼうけしていると、いつしかウェンディも平常を取り戻したらしく、「ごめんね」と明るく言う。

 別人にもほどがあるなぁ。


 そして、一人の美少女が、村の奥から凛々しい表情でやって来るのが見えた。


「どうしたの、ウェンディ?」

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