月と太陽の新魔王編

第73話 ネリアナ、アンポートにて②

「あのクソガキが……私をコケにしやがって!!!」


 夜中に大声で喚き散らすネリアナ。

 それに負けず劣らず、泣き叫ぶヌールド。


「お、俺の手がぁ……俺の美しい顔がぁ……」


 歯が全部折れ、言葉は聞きづらくなっている。

 ネリアナはその態度と言葉に苛立ちを隠すことなくヌールドに怒声を浴びせる。


「てめえの顔にも手にも人生にも興味ねえんだよ! いいから黙ってろ小便ちびりがぁ!」


 血まみれのヌールドは、さすがのネリアナの命令にも従うことができずに、彼女を睨み付ける。


「何?」

「ぜ、全部……君のせいだ……」


 ネリアナは腕を組んでニコッと笑い、座って教会の壁にもたれているヌールドの話を静かに聞く。


「君が、アレンを裏切ろうなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ……全部、全部君のせいだ」

「え~。でも、ヌールドだって乗り気だったじゃない。ノードにしてもハリーにしてもそうだけどぉ……てめえらが雑魚過ぎんのが問題だろうがぁ!!」


 ネリアナは憤怒の形相でヌールドの傷口に蹴りを入れる。


「んんんっ!!!」


 失神しそうなほどの痛みを感じ、ヌールドは白目をむきそうになる。

 さらにまだ繋がっていない右肩に足を置くネリアナ。

 ヌールドはこの世のものとは思えない奇怪な叫び声を上げる。


「ねえ、もう一度聞くけど、私とヌールドどっちが悪いの? 可愛い私と雑魚のあなた。ねえどっち?」

「お、俺が悪い……俺が完全に悪かったからもう勘弁してくれぇ……」

「うん。分かればいいのよ」


 最後に足に力をギュッと込め、足を離すネリアナ。

 ヌールドは大量の涙と血を流し、俯きすすり泣く。


「え……どうしたんすか、これ……?」


 教会の扉をキィッと開いてムーアが出て来て、倒れているヌールドの姿を見てギョッとしている。


「こいつのことはどうでもいいから。それより、ちゃんと盗って来たの?」

「は、はい……二冊盗んできました」


 大きな魔導書を両脇に抱えているムーアは、一冊をネリアナに手渡す。 

 ネリアナはそれをペラペラとめくりながらゆっくりと怒りを高めていく。

 これは自分が納得できるものではない。


 こんな物でどうやって現状を変えるというのだ。


「ふーん」


 ムーアはこう考える。

 ネリアナが嬉しそうにしていない……これは怒りの前兆なのでは?

 マズい……この本を選ぶべきではなかったか?


 ムーアは汗を大量にかきながら、頭をフル回転させた。

 そして、一つの妙案が浮かび上がる。


 でかした、俺! これならこの人も納得してくれるはずだ!


「あ、あのネリアナさん!」

「なあに?」


 とびっきりあまーい声で応えるネリアナ。

 それが逆に怖い。

 ムーアはゴクリと固唾を飲み込み、バクバクする心臓で話を続ける。


「あの、実は俺の故郷にっすね……」


 ネリアナの耳元で汗をかきながら囁くムーア。


 その話を聞いたネリアナはもう一度魔導書に視線を落とし、ニタリと笑う。


「私は、神に愛されている……私はやっぱり、世界中の誰より輝く宿命を持つ女なのよ」

 

 嬉しそうなネリアナに、ホッとするムーア。

 何とか納得してもらえたみたいで安心しつつも、なんで俺はこの女の機嫌をとらなきゃならないんだよ。と考える。

 そしてもう一つ、彼女を見ていて思うことがあった。


 この女は必ず世界をその手に治める……彼女が持っている魔導書があれば、絶対にそうなるに決まっているし、そうするに決まっている。

 だから俺は、この女について行けばいい目を見ることができるはずだ。


 ニコニコ上機嫌のネリアナに、媚びるように、ニヘラと笑うムーア。


「ほらヌールド、行くわよ」

「い、行くって……どこへ?」

「決まっているじゃない。私の輝かしい未来へよ」


 聖母のような笑みをヌールドに向けるネリアナ。

 悪魔のような女だけど……美しい。


 ヌールドはこんな状態でも美しさには目が無かった。

 ネリアナにどれだけ酷い目に逢わせようともその美しさに心を奪われてしまう。

 頬を涙で濡らしながらも跳ねる心臓が憎い。


 そんなヌールドの気持ちを知ってか、ネリアナは優しくヌールドの体を抱き起しす。


「ネ、ネリアナ……?」

「ごめんね。私、上手くいっていない時はどうしても冷静になれなくて」


 申し訳なさそうに俯くネリアナ。

 もちろん、こんなものは演技に過ぎない。

 ただヌールドの機嫌を取るためだけにやっている行為である。


 ネリアナが一瞬で考えたプラン。

 その為にもヌールドには気持ちよくいてもらわないと。

 自分のお願いを聞いてもらうために優しくしておこう。

 そう考えたのである。


「ムーア。彼の右手首、持って来てちょうだい」

「了解っす!」


 そそくさとヌールドの斬られた右手首を拾うムーア。

 そしてヌールドに肩をかし歩いていくネリアナに続いて行く。


「…………」


 ネリアナは笑顔の裏で、アレンへの憎しみを募らせていく。


 なんで生きていたとかそんなことはどうでもいい。

 私を下に見たことが許せない。

 私の誘いに乗ってこなかったことが許せない。

 

 アレンの分際で……

 覚えていろ……必ずお前を、私の前に跪かせてやる。


 ネリアナはアレンへの仕返しを心に決め、暗闇の空を見上げながら歩いて行く……

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