第72話 勇者④

「ターニャ!」


 俺は〈空間転移テレポート〉で宿屋に移動した。

 聖機剣は〈収納空間ストレージボックス〉にしまっていて、髪は元の茶色に戻っている。


「…………」


 俺の呼びかけにターニャは目を覚まさない。

 先ほどみたいな苦しそうな呼吸はしておらず、死んだように目を瞑っている。


「嘘だろ……間に合わなかったのか……」


 懐中時計を開き、時間を確認する。

 時間は……


 まだ日をまたいでいなかった。

 

 するとターニャはパチッと目を開ける。


「ああ、アレン……おはよう」


 ターニャはいつも通りだった。

 なんでそんなに焦っているの? とでも言うように、俺を怪訝そうに見ている。


「ターニャ……ターニャ!」


 俺はガバッとターニャの体を抱きしめる。

 ターニャは幸せそうに俺の背中に手を回した。


「んふふ……こんな力強く抱きしめられて、愛を感じるよ」

「よかった……本当によかった」

「……こんなに心配してくれるなら、これからもピンチに陥りたいなぁ」


 俺はターニャの体から離れ、ため息をつく。


「……それは心配しすぎで、俺の心が持たないよ」

「その時は私が癒してあげるよぉ」

「いや違う。頼むからもうピンチに陥るような真似はしないでくれってことだよ」


 まぁ、ターニャも被害者だし彼女は悪くないんだけどね。


 その後、〈空間転移テレポート〉で大聖堂へケイトたちを迎えに行って大きな穴が開いた天井を一緒に見上げ、再度宿屋へ〈空間転移テレポート〉する。


 ナエは涙を浮かべながら、ベッドで横になっているターニャに抱きついていた。

 ホルトはセシルとヘレンの話を聞きながら、うっすら笑みを浮かべる。


「お疲れ様でした、アレン様」

「ああ。今回は本当ちょっと疲れたよ。だけど全部うまく行った。これも、運命、かな?」


 シフォンは目を細め、柔らかな笑みを浮かべ俺を見ていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日の朝、宿屋を出て広場に差しかかった時のこと。

 俺は猫の姿になり、セシルの肩に乗り町の出口へと向かっていた。


「おい、見ろよ!」

「セシルだ……」

「あいつがワクシリルを……」


 早々とセシルがワクシリルを倒したという噂が広がっていたようで、町の人たちも冒険者も集まり、ザワザワしていた。


「あ、ありがとう、金髪の人!」

「これでもう怯えずに生活していけるよ!」

「だけどあの死霊王を倒すなんて……勇者としか言いようがないんじゃないか?」

「おお! そういやあいつ、光の〈マインドフォース〉で戦ってたぜ!」

「光の……まさに勇者そのものじゃないか!」


 そして沸き起こる、勇者コール。

 セシルが通る道だけ開けるようにして、周囲の人たちが大声で叫ぶ。


「勇者! 勇者! 勇者セシル!」


 道を進んで行くセシルは口をへの字にし、目頭に涙をため込んでいた。


「夢、叶ってよかったな。これで名実共に、お前は勇者だよ」

「アレン様……」


 セシルは俺の体を抱きしめ、大粒の涙を流し始める。

 やめろ。男に抱かれる趣味はない。


 するとセシルは俺の体をできる限り持ち上げ、大きな声をあげた。


「みんな! 俺がワクシリルに勝てたのは、アレン様のおかげなんだ! 俺だけじゃない……俺たちの仲間がいたからこそ、あいつに勝てたんだ!」


 勇者コールを止め、みんなはセシルの声に耳を傾ける。


「ワクシリルとの戦いの陰で、巨悪を抑えるために激闘を繰り広げていた女性二人と俺の幼馴染。勇者の力を復活させるために活躍した少年。俺たちを繋ぎ合わせてくれた人。そして、俺のもう一人の幼馴染……それにこれまでゾンビと戦ってくれた冒険者たち。それら全てが今回の勝利に繋がったんだ」


 シーンと静まり返る広場の人々。

 静寂に、風の音まで聞こえてきそうだ。


「そして……そして、その中心にいた方こそ、このアレン様だ! みんな! 真の勇者に喝采を!」

「……アレン! アレン!」


 沸き起こるアレンコール。

 それはビリビリ腹にまで響いてくるようだった。

 そして俺はこう思う。

 頼むから勘弁してくれ。


 確かにこれだけ名前を呼ばれて嬉しい気持ちはあるけど、それ以上に恥ずかしい。

 やっぱ俺の性に合わないな、勇者なんて。


「でもあれ、猫じゃねえのか?」

「しぃ! みんなノッてんだからそんな野暮なことは言うな!」


 やっぱり何人かはおかしいことに気づいてるようだぞ。

 というか、他のみんなはなんとも思わないのかよっ。

 お前ら全員、猫を褒め称えてんだぞ。

 この異常さにさっさと気づこうね。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 町を出て、〈空間転移テレポート〉でアディンセルの屋敷へと帰ってきた。

 町中を少し歩いただけなのに、やけに疲れたな。


 今回は色々あって、驚いたことも沢山あった。


「なあ、アレン……あれを見ろ」

「え?」


 ケイトが仰天した顔で指差す方向を、俺も見る。


 そして今回、一番驚いたのは――


 サンデールがこの3日間だけで、階段を完成させてしまっていたことだ。


 キッチリと山の下まで続く階段が完成していた。


 屋敷を見上げるとサンデールは空いた穴などを塞ぐ作業をしていて、俺はポカンと口を開く。

 

 お前、どんだけ仕事好きなんだよっ。

 いや、大助かりだけど、もっと休憩しろ。

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