第74話 来訪者
「……しかし、機械というものは凄いもんだなぁ」
俺は猫の姿でケイトの胸に納まりながら、ポカンと天を見上げていた。
正確に言うと、天ではなく、少し上空なのだけれど……
今俺たちは、アディンセルの村から山を見上げていた。
森の香りに、優しい風が肌を撫でる。
そんな中、機械と呼ばれる物の音が、ゴウンゴウン聞こえてくる。
俺たちの屋敷がある山の麓に、普通の家屋よりも大きな建物が建っていて、屋敷側の方にも同じような物が建てられていた。
その丁度中央付近に、塔のようなものがあり、ワイヤーとよばれる太い紐状の物とで上の建物と下の建物がつなげられており、塔が中継地点としてそのワイヤーを支えている。
そしてワイヤーを伝って、人が数人乗れる大きな箱がひとりでに動いているのだ。
これはロープウェイと呼ばれる物らしいが、ナエが能力で創り出した物である。
あまりに物珍しいのか、村中の人たちが集まって、ロープウェイを見上げていた。
「これがあれば楽に上れるからいいじゃないか」
「なんだよ、他人事みたいに。お前だって利用するんだろ?」
ケイトは俺の頭を撫でながら続ける。
俺はあまりの気持ちよさにほわーっと思考能力がそがれかけていた。
「私はアレンに連れて上がってもらうからな」
「え? いつでも俺と一緒にいるつもり?」
「そのつもりだけど、迷惑か?」
「いや、迷惑じゃないんだけど……伴侶にでもならない限りは、ずっとは無理だろ」
「だったら私を伴侶にして養ってくれてもいいんだよ?」
「……一緒に働くという考えはないのですか?」
「働くなんて御免だよ。私は楽して生きていきたいんだ」
「なんて我儘な……」
「私が我儘だというのなら、有無を言わさず結婚させるところだぞ?」
「俺に選択肢を与えてくれるだけで優しさがあった!?」
ふんと得意げに口角を上げるケイト。
いや、優しくはないからね、それ。
と言うか、結婚するのが確定みたいな話の流れになってるような……
「アレン」
「ああ、おじさん」
この村を収める、ターニャのお父さんが俺に声をかけてきた。
ネリアナには俺が生きているのがバレたので、ターニャがさっさとこの人に俺の正体をバラしてしまったらしい。
最初は猫になったことに驚いていたが、今は当たり前のように受け入れてくれている。
というか、最近猫率が高くなっているような……
いや、逆に人間の姿を取っている方が少なくなっているぞ。
結構楽で、この姿に慣れ過ぎていた。
どこかで元の体に慣れないと……
「それで、いつかは決まったのか?」
「決まった? 何が?」
おじさんは急に、訳の分からないことを言い出した。
俺とケイトは顔を見合わせて、首を傾げる。
「またまた~。もうターニャから話は聞いたよ」
「ターニャから……何を?」
「結婚、するんだろ? ターニャと」
「ああ……妄言を聞いたってことか」
俺とケイトは同時に嘆息する。
ターニャはまた暴走をしたのか。
俺の話ができると思ったらこれだ。
「……ネリアナのこと、おじさんはどう考えてるの?」
「ああ……あいつの本性を見抜けなかったのは俺の落ち度だ。本当に申し訳なかった、アレン」
そう言っておじさんは頭を下げた。
この人はちょっとした貴族だというのに、こうやって目下の人間にも当然のように頭を下げることができる人なのだ。
本当によくできた人。
俺はおじさんが頭を下げる必要は無いと考え、すぐさま頭を上げてもらおうとした。
「いや、おじさんは悪くないよ。だから頭を上げてよ」
「いやいや、これはターニャのことを頼むという意味で頭を下げているんだ」
違った。
俺に対する謝罪じゃなかった。
娘の幸せのために頭を下げていたのだ。
「いやいやいやいや。結婚、しないよ?」
「……いやいやいやいやいや。結婚しておくれ」
「……やっぱりターニャのお父さんだな。人の話を聞かないで強引にことを進めようなんて……此の親にして此の子ありってとこか?」
「おい、やめろケイト。こう見えてこの人は打たれ弱いんだぞ」
すると顔を上げたおじさんは、おいおい涙を流していた。
やはり打たれ弱い。
「すまない……こんな親ですまない、お嬢さん」
「……気持ち悪いな」
おじさんの泣き顔を見て、ポツリとケイトはそう呟いた。
さらに涙を流すおじさん。
もう収拾がつかないと考えた俺は、ケイトごと屋敷へ〈
もう面倒な人だなぁ、あの人も……
◇◇◇◇◇◇◇
そんななんてことない日が2週間ほど続いた頃……
ポカポカ陽気の午前のこと、やはりロープウェイは元気に活動していた。
毎日ここへやってくるターニャ。
後はセシルやナエ、シフォンもこれを利用している。
サンデールは山道を直接歩くほうが好みらしく、使用していなかった。
そしてそのロープウェイの中に人影が見え、午前中に上がってくるということは、まぁターニャなのだろうと俺は考えながらロープウェイの降場へと移動する。
「ターニャ、なんで俺たちが結婚……?」
ターニャが降りてくるとばかり思っていたが……
ロープウェイを降りてきたのは、体の大きな隻眼の男だった。
……誰ですか?
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