第47話 死霊王ワクシリル①
「アレン様」
「シフォン。どうした?」
サンデールの仕事を見学していると、村の方からシフォンがやって来た。
彼女は何やら、ただごとではないと言ったような真剣な表情をしている。
「こちらの方へ、大きな闇が迫っています」
「闇? また?」
この前はそう言ってソルトが来たんだよな。
また面倒が起きるのかと俺は考え、ため息をつく。
ケイトは俺とは逆に、愉快そうにニヤリと口角を上げる。
本当にトラブル好きなんだな。
「ま、適当にあしらうよ」
「そんな適当にあしらうな。もっと派手にしよう」
「なんでそんなお祭り楽しむみたいに喜んでんだよっ!」
「だって事実楽しそうだし」
「お願いだから普通のことを楽しんでくれ。例えばサンデールみたいに掃除とか楽しむとかさ」
「それは無理な相談だ。昨日ほんの少し掃除をしてみたが、全然楽しくなかった」
「……ほんの少しって、ほとんどサンデールに任せたのかよ」
「だって放っておいても、勝手にやってくれたからな。あれは優しい眼差しで見守るだけで伸びるやつだ。手がかからんからいいな」
「なんでそんな上官視線を!? 二人に上下関係なんて無いよね?」
「あいつはアレンの部下じゃないか。だったら、私の部下ということでいいんじゃないか?」
「よくないね。その屁理屈は通用しないよ」
ケイトは「あっそ」と言ってシフォンの方に視線を移す。
「で、どんな奴が来るってのさ?」
「……ソルトよりも厄介な存在。少々申し上げにくいのだけれど……」
何か躊躇しているシフォン。
俺は怪訝に思い、話の続きを聞いてみる。
「シフォン。いいから聞かせてくれ」
「は……その者は、アレン様でも倒せない存在かと」
「アレンでも倒せない!?」
ケイトがビックリして大きな声をあげる。
俺でも倒せない存在……?
何それ、魔王越えの存在が来るとか?
ちょっとそんなの相手にするのゴメンなんだけど。
「そんなに強い奴が来るんだ……」
「強さもそうなのでしょうが……一番の問題は相性というか何と申しますか……」
「相性? どういうこと?」
「それは――」
「それは、貴様の能力では我を倒すことはできないということだ」
「え?」
突如、茂みの方からこの世のものとは思えない暗い声が聞こえてきた。
ケイトが声の方に振り返り、俺たちは声の主と対峙する。
「……お前は誰だ?」
冷たくケイトは聞く。
それはフード付きの黒マントで全身を覆い人間の形をしていた。
顔は……見えない。
が、血のように赤い眼でこちらに視線を向けている。
その眼は闇の底からこちらを覗き込んでいるような、底知れぬ恐怖を感じた。
「……死霊王ワクシリル」
「死霊王?」
シフォンが相手の名前をポツリと呟く。
「……それで、お前の目的は何?」
「ふふふ……そんなことは分かっているのではないか?」
「…………」
いや、全然分からないんだけど。
何、当然知ってるよね、みたいな言い方するんだよ、こいつ。
「目的は――貴様だ」
「ちょっと理由が漠然としすぎていて対応に困るけど……やり合うってことでいいのか?」
「ああ。それこそが我の目的だからな」
「……じゃあ、ついて来いよ。ここらで戦いはしたくない」
ケイトは俺を抱いたまま歩き出す。
どこで戦えば村への被害が少ないのかと彼女も同じことを考え、どこに行けばいいのか理解しているのだろう。
「サンデール」
「うん?」
「シフォンを守ってやってくれ」
「うん」
石を持ちながら頷くサンデール。
ま、サンデールにしたらちょうどいい休憩にもなるだろ。
「あいつのこと、どう思う?」
「ん~。少しぐらいは怖さがあるけど、なんとかなるんじゃない?」
「ならいいが……だが、ワクシリルと言えば、旧魔王軍の三悪将なんて呼ばれていた猛者だったはずだ……気をつけろよ」
「三悪将……それ強いの?」
「数えきれないほどいる魔族の中でトップ3だったようだからな。弱いわけはないだろ」
旧魔王軍三悪将……
俺たちに続いて歩いているワクシリルに視線を向ける。
そんなに強いのか、こいつが?
とてもそうは感じないんだけどな……
「それは……もしかしたら、お前がそれだけ強いからかも知れないな」
ケイトが俺の思案を読み、そう言う。
「ま、問題ないでしょ」
村を囲む木の塀を右手に砂利道を歩いていく。
そこから10分ほど歩き、開けた場所に出る。
数本の木がぽつんとあるだけで、他には俺たちを見下ろす山ぐらいだけだ。
そこに到着し、俺はケイトの胸から飛び降りる。
後ろ足で立ち、伸びをし、ワクシリルと睨み合う。
「一応言っておくけど、俺が勝ったら吸収させてもらうからな」
「ふっ……ニーデリクの能力か。もちろん、覚悟の上よ。だがそれはないであろう」
「ふーん。中々自信があるみたいだな。でも俺、結構強いと思うよ?」
「……だろうな」
ワクシリルはピクリとも動くことなく、ただそこに立ちつくしているだけだった。
こいつ、やる気で来てるのにやる気あんのかよ。
まあいい。
さっさと終わらせて、さっさと帰るとするか。
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