第48話 死霊王ワクシリル②

「ほっ!」


 俺は飛翔し、ただ一直線にワクシリルへ詰め寄り、右後ろ足で蹴りを放つ。



 ズドン! と激しい衝撃を受け、吹き飛んで行くワクシリル。

 大地を滑り、大木にぶつかり奴の体は止まる。


「なんだよ。思ってた以上に大したことないな」

「…………」


 だが奴は、ふわりと浮くように起き上がる。

 あれ? 思ってた以上に効果が無かった?


「雷よ」


 ワクシリルの突き出した右手から稲妻が迸る。

 

 薄い線のような閃光。

 それは俺に向かって、大地を走りながら襲い来る。


「よっと。そんなの喰らうと思ってるのかよ」


 俺はこれをひょいっと回避する。

 威力もそこそこのようだが、俺を倒すのは到底無理だと思うけど?

 とちょっと調子に乗っている俺がいる。

 

「強いからってあまり油断するなよ」

「分かってる分かってる。油断はしてない――よっ!」


 俺の右前足から放出された〈蜘蛛の糸スパイダーネット〉は、奴の体を縛り付け、身動きを取れなくする。


 〈空間転移テレポート〉でワクシリルの眼前に移動し――


「〈巨人の鉄槌サイクロプスハンマー〉!」


 俺の剛拳(剛足?)が奴の顔面に炸裂する。

 金属同士をぶつけ合ったようなガキンッという激しい音がし、ワクシリルの頭が四散した。


「あれ? もう終わり?」


 俺はキョトンとしていた。

 ケイトも意外そうにワクシリルの弾けた後の肉体を見ている。


「……三悪将とはなんだったんだ……。それだけお前が強いと――」


 ケイトが何か言おうとしたその時。


 ワクシリルの頭部が再生された。


「……えっ?」

「どうしたのだ、ニーデリクの能力を引継ぎし猫よ。まさかもう終わったとでも思っていたのか?」

「まさか。勝負はこれからだろ」


 はい。正直言いますと終わったと思ってました。

 もう帰って昼寝することを考えていました。


 そうですか。

 そう簡単には終わりにしてくれませんか。


「こんのっ!」


 再度〈巨人の鉄槌サイクロプスハンマー〉を放つ。

 奴の肉体は四散するが、すぐ元通りになってしまう。


「……なんで?」

「ふっ。伊達に三悪将と呼ばれていたわけではない。そう易々とやられてたまるものか」


 ワクシリルは両手を前に出し、雷を解き放つ。


 俺は四本足で大地を駆け、それを避けきる。


 こいつ、攻撃自体は大したことないんだよな。

 でも、再生するのは厄介だ。


 仕方ない。

 奥の手を使うか。


 俺は周囲の空間を歪ませながら、ワクシリルに突撃する。


「〈空間裂断ディストーションブレイド〉!」


 闇を広く展開した俺の突進は、奴の体全てをのみ込んだ。

 跡形もなく消え去ったワクシリル。


 俺は安堵のため息をつく。


「ふー。なんとかなっ……た?」


 何も無い空間から幽霊が現出するように、ワクシリルの体が現れる。

 

 俺はポカンとしたまま、固まってしまっていた。

 相手はくつくつ笑い、動かないままその場に立っている。


「さすがにニーデリクの肉体を後継しただけのことはあるな……今のまま・・・・では、貴様を倒すことはできないようだ。だが、それは貴様も同じことであろう?」

「え、あ、はい……」


 倒せない。

 倒せないということは勝てないということ。

 俺の持つ最高の威力の技を持っても、奴を消滅させることはできなかった。

 シフォンが言っていたのはこういうことか……


 俺でも倒せない存在。


 死霊王ワクシリル……想像以上に厄介な奴。


 俺は一度距離を取るために、後方に飛んでくるりと着地する。


「でもお前が言った通り、お前にも俺は倒せないぞ」

「そんなことは分かっている。今日の目的はお前を倒すことではないからな」

「?」


 俺を倒すのが目的じゃない?

 じゃあ何しに来たんだよ、お前。

 俺と仲良くなりにでも来たのか?

 それなら楽で嬉しいけど……それは無いよね。


「じゃあ、お前の目的って何なんだよ? お前は俺と戦うのが目的だって言ってたよな?」

「ああ。お前の力量を測るために――な。そして、我が全力を持ってすれば、お前に勝てるということがよく分かった」

「……だったら、その全力ってやつを出したらどうだ? もし、本当にあるのなら、だけど」

「ふっ……」


 不敵に笑うワクシリルに、俺は苛立っていた。

 本気かハッタリか知らないけど、こう人を馬鹿にしたような笑い方、好きじゃない。

 ってか、嫌いだ。


 もう世界の端までぶっ飛ばしてやろうか。

 なんて考えていた、その時――


「アレン! 何やってるの?」


 声の方に振り向くと、そこにいたのはターニャだった。


 青髪を編み込んでポニーテールにしていて、強気な瞳にみずみずしい唇。

 村の人たちが口を揃えて『可愛い』と言っている、正真正銘の美少女。


 彼女は散歩でもするかのように、呑気な様子でこちらにやって来る。


「ターニャ! 来るな!」

「え?」

「ふふふ……はははははっ! これは丁度いい! もう一つの目的が達成できそうだ!」


 ワクシリルは指先をターニャに向け――

 赤い閃光を放つ。


 閃光はターニャの胸を貫いた。


「タ……ターニャ!!」


 俺は〈空間転移テレポート〉でターニャの下に飛び、彼女の安否を確かめる。


「う……うーん……」

「ターニャ……」


 彼女が息をしていることに、安堵する。


「ニーデリクの能力を継ぐ者よ!」

「ニーデリクニーデリクうるさいんだよ! 俺はアレンだ!」


 ターニャに危害を加えたことに、俺は声を荒げる。

 自分の予想以上に頭にきていた。


「アレン……か。ではアレンよ、我はその者に、死の呪いを施した」

「死の……呪い?」


 ケイトがワクシリルを睨みながら聞く。


「そうだ。その女の命は後3日。呪いを解きたければ我を倒す以外に方法はない」

「み、3日……だと?」

「ああ! その女を生かしたければ、我を倒しに、死の島まで来るがいい! 明後日、日付が変わると同時に、その女は死ぬ! そのことを忘れるな!」


 それだけ言うと、ワクシリルは何かに吸い込まれたように消えてしまった。


「…………」


 俺は唖然として、気を失っているターニャを見下ろしていた。

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