第46話 新しき住居

「ふふふーん。ふふーん」


 ソルトとの戦いから2日後の朝。


 掃除の行き届いた広々とした綺麗な広間。

 上へ続く階段があり、二階からこの広間を見渡せる形になっている。

 昨日まで汚らしさこの上なかったテーブルもピカピカの新品のようになっていた。

 他に家具はまだないが、温かい太陽の光が窓から降り注いでいる。


 そこで俺は猫の姿のまま、壺の中身を木ベラでかき回していた。


 現在、特製エナジードリンクを制作している真っ只中なのである。

 心の中で「美味しくな~れ。美味しくな~れ」と囁きながらかき混ぜていた。

 これがエナジードリンクを美味しくするための秘訣なのだ。

 

「やけに楽しそうだな、アレン」

「うん? いや~、ドリンク作りって本当に楽しいよね。ケイトも一緒にどう?」

「いや、遠慮しておく」


 床に置いた壺をかき混ぜる俺。

 隣にケイトが来て、しゃがんで俺の動作を視認し出した。


「猫が壺をかき混ぜるとか……なぜか昔話の魔女なんかを思い出すよ」

「それ、遠回りに奇妙だって言いたいわけ?」

「いや? 直接そうだと伝えているつもりだけど」

「直球で皮肉言ってきた!?」


 ケイトは白い髪をふぁさっと払い、半目で俺を見下ろす。

 もっと優しく言ってくれないと人は傷つくと思うよ。

 特に俺は。


「しかし、何も起きないもんだな」

「何? 君はトラブルが起きるのを待っているの? そんなにスリルが好きなの?」

「スリルは……痛くなければ嫌いじゃないね」

「ほう」

「逆に相手に痛いスリルを味わせるのは好きかな」


 怖っ。

 ニッコリ笑顔で言ってる分、よけい怖いわ。


「まぁ、トラブルだとかスリルとかどうでもいいんだけど……早いとこ自分の呪いを解きたいって気持ちがあるからな。私は」

「ああ……」


 ケイトの呪い――


 〈虚ろなる死神デス〉。


 ケイトが所持するアルカナフォースの能力の一つ、死ぬことのできない体。

 死ぬことができないケイトは、すでに200年以上生き続けている。


 その呪いから解き放たれるために、彼女は俺と行動を共にしている。

 俺の下に22の力――アルカナフォースが集う時、ケイトの呪いが解かれるということらしい。


 というのは、〈見通す運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン〉の力を持つシフォンの預言だ。


 彼女が言うには、俺が世界を統一するか世界を滅ぼすということなのだが……

 俺にそんなつもりが全くないので本当かな? と考えるのが俺の正直な気持ちだ。

 だって興味ないし。世界とか。

 

 とりあえず俺は、自分とその周りが幸せならそれでいいと思ってる。


「22の力とかさ、まだまだ先なんだからのんびり行こうよ。まだ掃除だって終わってない箇所あるんだろ?」

「いや……全部終わったよ」

「あ、そうなんだ」

「ああ。私のことを、褒めてくれてもいいんだぞ?」

「…………」


 俺はドリンクをかき混ぜる手を止め、ケイトをジト目で見る。


「なんだ?」

「……ほとんどサンデールがやったんだろ? 話はシフォンから聞いてるよ」

「……ちっ」

「他人の手柄を取るのはやめようね?」


 サンデールは働き者かつその巨体からは信じられないほどの器用さを持っていた。

 それを見た俺は、屋敷の掃除なんかやらせるの勿体なく思い、彼には別の仕事を頼んだ。

 なのに今のケイトの反応を見るところ、さっさと掃除も済ませてしまったようだな。


 なんてできる子サンデール!

 俺はいい仲間を持ったものだ。


 だが一つだけ彼を見ていて不安に思うこともあったりする……


 それは、


「サンデール、倒れないかな?」

「さぁ……疲れたら勝手に休むんじゃないか?」

「だと良いんだけどさ……」


 そう。

 サンデールは働き者すぎて、仕事の手を休めないのだ。

 昨日だって俺が「休んでくれ」と言うまで、朝から晩まで掃除に勤しんでいたぐらいだった。

 どれだけ仕事が好きなんだよ。


 そして今日も今日とて、彼は手を休めずに太陽が昇る前から仕事に着手していた。


「……ちょっとサンデールの様子を見て来るよ」

「じゃあ私も行くよ」


 俺はケイトに抱かれ、屋敷の外に出た。


 山の頂上付近にある屋敷の周囲には大きな庭が出来ている。

 いや、これは庭と言っていいのかどうか分からいが……


 ワイバーンとの戦いで木が都合よく倒れていったこともあり、見通しのよい開けた場所になっていた。

 ちなみにサンデールが綺麗に手入れをしてくれたおかげで、木の根などは全く無くなっている。


 そしてそのサンデールは何をやっているのかと言うと……


「……下だな」

「みたいだな」


 俺は〈空間転移テレポート〉でケイトごと山の下まで移動する。

 目の前には俺の故郷アディンセルがあり、振り返ると作業をしているサンデールがいた。


「サンデール! 休憩もしろよ!」

「……うん」


 サンデールは山頂へと続く道の階段を作るための作業をしていた。


 石を持ち運び、それをセメントで接着し足場を作っていく。

 その作業を何度も繰り返していたのであろう、すでに何段もの階段が出来上がっていた。

 と言うか、仕事早すぎだろ、君。


 俺はサンデールの仕事の早さに呆れ、乾いた笑い声をあげた。

 すぐそこにまで、笑えないような騒動がやってきているというのに。

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