魔術師と正義の勇者顕在編

第45話 魔王軍幹部

「うおおおおっ! イライラするっ! イライラすんぞっ!!」


 とある城の広い玉座の間。

 ほとんど光が射さないその場所は、おどろおどろしい雰囲気が流れていた。

 何本も城を支える柱があり、入り口から玉座まで赤い絨毯が伸びている。

 壁には所々穴があり、そこから外を覗いても真っ暗で何も見えない。


 ソルトは玉座のすぐ前辺りで地団駄を踏んでいた。

 顔は倍ぐらい腫れ上がっている。

 アレンに蹴り飛ばされた翌日のことだった。


「ソルト、もう少し落ち着いて」

「うっせーんだよ、キリン! てめえは黙ってろ!」


 キリンと呼ばれた女性――


 波うつ桃色の長い髪に、羊のように内側に少し丸みのある大きな角が頭に生えている。

 赤い瞳に軽鎧を装備していて、一般的な人間の感覚から見ればとてつもない美人だ。


「キリン~、ソルトのことなんて放っておいたらいいじゃん。こんな状態じゃ、話なんて通用しないだろしさ」

「コーニール。でもソルトは仲間も殺されて辛い目に遭ったのよ?」


 コーニール。

 黒く長髪に背の低い少年のような魔族。

 肌は青く、茶色のチェニックを着ている。

 

「だからって、ちょっとソルトは落ち着きがなさすぎだと思うんだよね」

「うるせえクソガキがっ! あいつより先に、てめえをぶっ殺してやろうか?」

「ふーん。僕とやる気なんだ。いいよ、やろうか?」


 二人の体から、黒いマナが溢れ出る。

 緊迫した空気を放出する二人に、嘆息するキリン。


「二人とも、やめておきなさい。ねえ、カシスも止めて」

「はははっ。別にいいんじゃないですか? 殺し合いがしたいのならやらせておけばいい」


 穏やかな口調で話す男、カシス。


 黒髪に赤い瞳、そして皺ひとつない綺麗な黒のロングコートに黒いズボン。

 首元にはヒラヒラしたジャボをつけている。


「ですが絨毯を汚さずにやりあってください。それを洗うのは少々面倒なので」

「カシスぅ。てめえが洗うわけじゃねえだろうが」

「ええ。そうですよ」

「だったらてめえがそんなこと言うんじゃねえよ!」

「ねえねえ、じゃあさ、負けた方が洗うってのはどう? 面白そうでしょ?」


 コーニールの突然の提案に、睨みつけるソルト。


「いいぜ……ついでに泣き顔も洗ってこいや!」


 ソルトとコーニールの顔が鋭いものに変化する。

 怒りが爆発し、二人が今にも激突しようとしていた――


 が。


「二人ともやめい」


 二人はビクッと反応し、そろーっと玉座の方に視線を向ける。


 玉座はとても大きく、禍々しい黒い鉱石で作られている物だ。


「だ、だけどテレサ様――」

「お座りっ!」


 テレサの声に、従順な犬のように抵抗なくお座りをするソルト。

 コーニールはそのソルトの姿を見て、ぷぷぷっと笑っている。


「コーニール、お前は痛い目にあいたいようじゃな?」

「えっ……い、いや」


 ダラーッと大量の汗を流すコーニール。


「カシス。コーニールにきつくお仕置きをしておけ」

「かしこまりました、テレサ様」


 恭しくテレサに頭を下げる、玉座の隣に立つカシス。


「ご、ごめんなさい、テレサ様! もう喧嘩しないから……」

「もう遅いわ。諦めよ」


 びえーんと泣き出すコーニール。

 それはいつも通りのことなので、キリンはため息をつき、カシスは平然としている。


「あなたたちは一体同じことを何回やれば気が済むの? コーニールだって、カシスのお仕置きは嫌だって言ってるでしょ?」

「だって、ソルトがバカだから悪いんだよぉ」

「てめえこのっ……」

「もうよい。二人とも黙っておれ」


 ピリッとしたテレサの声にソルトとコーニールは汗を流して固まる。


「で、ソルトよ。ニーデリクの件、どうであった?」

「た、たぶんだけど、俺が戦った奴がニーデリクの肉体を持った奴だと思います」


 アレンとのことを思い出し、苛立ち始めるソルト。


「ほう……お主の顔を見るところ……やられたようじゃな」

「…………」


 そっぽを向き、釈然としない様子でこくりと首肯するソルト。


「ソルト。あなたが戦ったニーデリクの後継者はどれぐらい強かったの?」

「……分かんねえ」

「分からない?」


 キリンの質問にぶっきらぼうに答えるソルト。

 彼女はムッとして話を続ける。


「なんであなたはそんな態度しか取れないの? こっちは真剣に聞いているのだから、ちゃんと答えて」

「だから、分かんねえって言ってんだよ! ……い、一撃でやられちまったからよ……」

「一撃……? ソルトが?」


 キリンは驚いた声をあげる。

 コーニールは退屈そうに話を聞いていたが、その話を聞いて目を輝かせはじめた。


「ねえねえテレサ様! 今度は僕にやらせてよ! 僕はソルトみたいにバカじゃないから、簡単にやられたりしないからさ!」

「このクソガキッ――」

「お座りっ!」


 ソルトはテレサの命令にピタリと動きを止める。


「……ニーデリクの後継者、どんなものか様子を見に行かせたはいいが……そうか、ソルトが敵わないほど強いのか……コーニール」

「はいっ!」


 手を挙げて、元気に返事するコーニール。


「お望み通り、次はお主が行ってくるがよい。ただし、油断はするなよ」

「テレサ様、ありがとうございます! 心配しなくても、旧魔王の残りカスなんて、僕が倒くるよ!」

「ふっ。期待しておるぞ」


 コーニールはテレサに頭を下げて、これから戦うであろうアレンのことを考え、無邪気な子供のようにワクワクした気分で玉座を後にした。

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