第41話 アレンとソルト②

 両手をダラーッと垂らし、リラックスした体勢でソルトと対峙する。


 ソルトは殺るきまんまんで両手を大地につけ、こちらを見据えていた。

 そもそもこいつの場合、両手と言っていいのかどうか分からないが。


 バーゲストを同胞だと言ってるから、こいつも元はバーゲストなのだろう。

 突然変異か何かで姿が人間に近くなったのだろうか?

 そこらへんよく分からないが、こいつがあのバーゲストなのだとしたら、あの両手は前足になるわけで……うん。やっぱりどう判断したらいいのか分からない。

 というか、今はそんなことどうでもいいか。


 ジリジリと、俺の周囲を回るように歩くソルト。

 こちらを警戒しているのだろう、さっきと比べるとほんの少しだけ落ち着いているように思える。


「アレン」

「何?」

「気をつけろ。そいつは化け物だぞ」

「……ああ」


 ケイトが真剣な面持ちでそう言った。

 確かにこいつは強そうだ。

 今まで戦ったどんな敵よりも強いのだと思う。


 ヌールドたちよりも数段強いケイトとサンデール。

 その二人が負けてしまった。

 その時点で弱いわけがない。


 ソルトも自分の力に自信を持っているのだろう。

 俺を警戒してはいるが、気後れしている様子はない。


 ケイトたちは、ソルトが放つ殺気にゴクリと固唾を飲み込んだ。

 また一段階、奴の力が上がったような気がした。


 力と共に、増大する気迫。

 ピリピリとした空気が流れ、みんな額に一筋の冷や汗を流していた。


「俺は強い……強い……さっきよりも……さらに強いっ!!」


 ボッと黒い炎のようなものが、ソルトの全身から立ち上る。

 

 圧倒的な殺意を周囲にばら撒く。


 ターニャは殺気にやられて、呼吸が浅くなっている。


「頼む……気をつけてくれ、アレン」


 ケイトも圧倒されていて、汗を垂らし眉間に皺を寄せてソルトを睨んでいる。


 ピタリとソルトの動きが止まる。


 何をするつもりなのだろう。

 ギューッと全身に力をため込んでいる。


「俺は強い……同胞を殺しやがった……こいつをぶっ殺せるぐらい、強い!」


 力が凝縮されていく。

 立ち上っていた黒いオーラが、ソルトの体を包み込む程度のサイズまで縮小される。

 見た目は小さくなったが、確実に力は大きくなった。


 そろそろ仕掛けてくるな。

 俺は咄嗟に動けるように、リラックスした体勢を維持する。


「ぶっ殺す……ぶっ殺す……」


 ソルトの目は見開かれ、憤怒に歪み切った顔で俺を視認している。


「てめえを……ぶっ殺すっ!」


 来る――


 そう思った瞬間、相手は飛翔した。


「!」


 その暴力的な速度に、ケイトたちは反応できていなかった。

 ソルトがさっきまでいた空間に視線を向けたままだ。

 すでに消えているというのに、それに気づいていない。


 速い――速過ぎるほどに速い!


 ソルトは黒い弾丸となり、一直線に、猪突猛進に、俺に突撃を仕掛けて来る。

 尋常ではない速度で近づいて来るそれは、全てを貫く流星のようだった。


「死っっっっねやああああ――」

「ほいっ」

「――あああああああっ!!?」


 一蹴――


 俺の右回し蹴りを喰らい、ソルトの顔面が冗談のように歪む。

 カウンターで決まったそれは、一瞬で奴の意識を刈り取る。

 ソルトは白目を向いたまま吹き飛んだ。


 確かに速かったが、俺からすればまだまだだな。

 俺の方が速いし迅い。

 みんなは反応できていなかったが、俺はきっちりと反応していたのだ。


 ソルトの身体は地面を削り、山を激しく抉り、山頂付近からどこか遠くへと星となって消えていった。


 村から山頂まで、道が綺麗にできあがる。

 ってか、盗賊たちの住処大丈夫だろうな。


 まぁ彼も、死んではいないと思うが、仲間になるというのならまた相まみえることになるだろう。

 どちらかと言えばもう会いたくはないけれど。


「「「…………」」」

「ん? どうした?」


 ケイトもターニャもシフォンも、目をまんまるにし口をポカンと開けて俺を見ている。

 

「強すぎだろ……お前」

「そう?」

「まさか……ここまで強いとは思っていませんでした」


 珍しく驚いているシフォン。

 そんなに驚くことか?


「負けはしないと思ってたけど……こんなに強かったんだな、アレン」

「俺が強くなっていく様は、ケイトが一番近くで見てただろ?」

「だけど……これほどとは」


 依然として唖然としている三人。

 ターニャがターニャらしい反応をしていないのが、逆に怖い。


 と思っていたが、ターニャはビクッと反応し、俺に向かって駆け出した。


「アレン……すごーい!」

 

 物凄い勢いで駆けるターニャは、ソルトよりも速かった。

 いや、なんてスピードだよ。

 メチャクチャ速いぞ。


 やはりケイトは、ターニャの速度に反応できていなかったらしく、急に隣から消えたターニャの方を見てギョッとしていた。


 ターニャは横真っ直ぐ、俺に向かって飛び込んで来る。


「アレーン!」


 が、俺はこれを回避する。

 また苦しいのはごめんだね。


「きゃんっ!」

「あがっ!」


 ターニャが茂みへと飛び込んで行くと、誰かとぶつかったのか二つの妙な声があがる。


「いてて……って」


 ターニャがぶつかったのは男性だったらしく、その男はターニャの背後に回り持っていた斧を首に当ててゆっくりと茂みから出て来た。


「ど、どういうことだ……アレン」


 茂みから出て来たその男は――ノードだった。

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