第24話 サンデール

「シフォン、聞いておきたいんだけど、なんでこの村で待っていたんだ? 別にこんなところでなくとも、もっと栄えた町でも良かったんじゃ……」

「運命――としか、言えませんわ」

「…………」


 運命、か。

 しかしそんなことを言われたら、何も言い返せないじゃないか。

 そんなバカな話があるかって言いたい気持ちもあったけど、今はケイトに助けられたり色んなことがあったものだから、素直に受け入れている自分がいる。


 シフォンに促され、俺たちは村の中へ足を踏み入れていた。

 と言っても、俺は依然ケイトに抱かれたままだから、厳密に言えば足を踏み入れたのはケイトとシフォンだけ。


「アレン様、紹介したい男性がいるのですが」

「男性? 俺、男と付き合う趣味はないんだけど……」

「…………」


 シフォンは何も言わないまま、目を細めて俺を見ていた。

 いや、冗談だから何か言って。

 何も言われなかったら不安になるから。


 冗談だと分かっていたのだろう、シフォンは近くにいた男に手招きした。


「男って――あいつ?」

「みたいだな」


 こちらに歩いて来る男。

 それは――獣人だった。


 全身真っ黒な毛に覆われたクロヒョウ。

 力強い瞳にたくましい肉体。

 当然二本の足で立っていてズボンだけを穿いおり、上半身は裸。

 靴も履いていなくて素足で歩いている。


「…………」

「は……はじめまして」


 無言で俺を見下ろす獣人。

 その体躯は2メートルを超えているだろう、頭の位置がケイトより遥かに高い。


 俺はなんとなく危険そうだなと思い、出来る限り落ち着いた声で挨拶をした。

 意味もなく緊張感を覚えていた俺は固唾を飲んで彼の返事を待つ。


「うん」


 意外と穏やかそうな声とその表情。

 呆気に取れらた俺は、ポカンと男を見上げていた。


「この男は〈無垢なる力パワー〉のサンデール。きっとアレン様の力になることでしょう」

「〈無垢なる力パワー〉って……じゃあ彼もアルカナの……」

「はい」


 俺は頭を振って、サンデールの顔を見据える。


 怪力を想像させる体躯に、穏やかな表情。

 口数も少なく何を考えているのかは分かりにくい。


 だけどなんとなくだが、分かることが一つだけ。

 こいつは信用できる。

 なんとなくだけど、それが分かった。


「サンデール。これからあなたはアレン様に仕え、その力でこの方をお守りするのよ」

「うん」

「いや、ダメだ」

「アレン?」

「守るのは俺じゃない。ケイトとシフォン、他にも力の弱い者を守ってやってくれ。俺はまぁ、そこそこ強いつもりだし、自分の身は自分で守れる。だから、サンデールはみんなのために力を使ってくれ」

「……うん」


  力強く頷くサンデール。

 

「自分の身よりも配下を心配なさるとは……さすが我らの王となる方」

「そういう優しいところが、アレンの良いところだな」

「うん」

「そんな優しいつもりもないんだけどなぁ……」


 ケイトたちはなぜか俺を褒めていた。

 仲間を守ってもらうのなんて、普通のことだと思うんだけど。

 ただそれを頼んだだけなんだけどなぁ。


「で、シフォン。ここで落ち合ったのはいいんだけど、これから私たちはどうするんだ?」

「運命の針が動き始めるのを待ちましょう。これから何が起こるのかまでは私には分かりませんが、大きな闇の力と邂逅するのが視えています」

「闇の力……?」


 一瞬思案顔をするケイトであったが、ふっと微笑して俺の方を見る。


「ま、どんなことが起きようとも、アレンがいれば大丈夫だろ」

「他人任せ全振り発言!」

「私たちのことは、お前が守ってくれるんだろ?」

「それはサンデールが……ま、俺も守れる範囲では守るつもりだけど」

「頼りにしているよ、アレン。なんせ私はか弱い女性だからな」

「お前をか弱い認定したら、世の99%の女性がか弱いということになるんだけど」

「女性はか弱い生き物だからな」


 と、ケイトは強気で、か弱いなんて言葉を口にしていた。

 俺は騙されないぞ。

 メチャクチャ可愛いけど、怖いぐらい強気でちゃんと強いのは分かってるんだからな。


「何かが起こるまでは自由行動でいいんだろ?」

「人間は自分の意思で自由に行動すべきよ。あなたの好きになさい」


 ケイトは肩を竦めて歩き出す。


「なあ、元の姿に戻らないのか? 別に昨日言ったことは忘れてもいいんだぞ?」

「戻ってもいいけど……ちょっと面白いことを考えていてね」

「ふーん」


 と言っても、そこまで面白いことでもないのだけど。

 でも自分的には面白そうだから本来の俺の姿は見せないつもりだ。


「なあ、村の中を案内しておくれ」

「ああ。と言っても、特に何があるわけじゃないんだけね」

「でも。お前の思い出はあるんだろ?」

「そりゃ……嫌ってほどぐらいには」


 俺はケイトに抱き抱えられながら、村の中を見て回った。


 当たり前のことだけど、よく知った顔の人たちがそこら中にいる。

 俺が村を出たのは半年前だが……なんだか昔のことのように懐かしく思えた。


 だが少しだけ違和感がある。

 何と言うか……暗い。

 全体的に暗い気がする。

 みんなもっと明るかったと思うんだけど、肩を落として歩いている気がした。


「うん。美味しい」


 村を散策している途中で、ケイトは飴を買った。

 それを幸せそうに舐めるケイト。

 しかしこんなに嬉しそうな彼女の顔を見るのは初めてだな。

 笑っていると綺麗な容姿がより際立つというか、うん、眩しいぐらい可愛く見える。


「あ、あれ、すげー美人だな」「あんな可愛いの、この村にいたか?」「いや、いなかったよ。あんだけ可愛かったすぐわかるだろ」


 周囲を歩く男性たちも落ち込んではいるものの、ケイトの美しさには見惚れざるを得ないという様子だ。

 俺はその反応を見て、勝ち誇った気分で鼻を鳴らした。

 いや、自分のことじゃないんだけど、美人を連れて歩く優越感。

 俺はそれに浸っていたんだと思う。

 ま、連れて歩かれているのは俺の方なんだけど。

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