第25話 ターニャ①

 ケイトは飴を舐めている時はずーっと幸せそうな顔をしていた。

 ニコニコ笑顔で何も喋らずにただ歩いている。

 そんなに美味しいの、それ?


 そして気づけば、ネリアナの家の前までやって来ていた。

 豪華な家屋で、周りの家の何倍もある大きさ。

 茶色をベースとした、何部屋あるのか数えるのが大変なぐらい大きな屋敷。

 庭も必要以上に大きく、色んな種類の綺麗な花が咲いている花壇がある。


 よくここで遊ばせてもらったなぁ……

 なんて策の外から庭を見ながらしみじみと昔のことを思い出してみたりして。


「そう言えばアレン、お前の家はどこにあるんだ?」

「ああ……あれだよ」


 ネリアナの家を背中にして、正面に並ぶ家屋を指差す。

 屋敷の玄関前の通り道があり、そこの右角の家だ。

 なんと言うことはない。

 この村ではどこにでもあるような平均的な家だ。


「へー……普通だね」

「普通だよ。別に金持ちでもなければ貧乏でもない。ごくごく平凡なありきたりな家さ……ま、今はあそこに誰が住んでるかは知らないけど」

「知らない? ……両親は?」

「死んだよ。半年ほど前に」

「そうか……」


 両親は死んだ。

 病にかかってからは早かった。

 それからネリアナが俺に気を使って旅に出て、冒険者になって……


 って今考えたら、その辺りでネリアナは俺を殺す計画を立てていたのかも知れないな。

 腹の中がムカムカしてくる。


「……それがなんで金持ちのネリアナと許嫁なんてやっていたんだ?」

「ああ……なんか父親同士が親友でさ、ネリアナのお父さんは家柄なんて気にしない人だったから、親友同士の子供で結婚させようって盛り上がったらしいよ」

「そうか。ま、破談になって良かったじゃないか」

「いいのか? 破談になったのがいいことなの?」

「だって、ネリアナの本性を知って、結婚なんてしなくて良かったと思うだろ?」

「……それは確かに」


 確かにネリアナと結婚しなくてすんだのは良かったのかもしれない。

 妙に納得した俺は素直に頷いた。


「それに、結婚しなかった方が私としても……」

「え?」

「……なんでもないよ」


 顔をほんのり赤くしたケイトは首を振った。

 理解できない俺は、とりあえず首を傾げておいた。


「それでアレン」

「んん?」

「あれは誰だ? もしかして……あれがネリアナか?」

「あれは……」


 ネリアナの屋敷で花壇に水をやっている女の子。

 青い髪を編み込みのポニーテールにして、清楚で綺麗な洋服を着ている。

 顔はネリアナそっくりでとびっきりの美少女。

 優しい笑みでじょうろを持っている彼女は――


「ターニャ」

「ターニャ? ここの召使いとかか?」

「いや。ネリアナの妹だよ」


 ネリアナの実の妹、ターニャ。

 歳は俺の一つ下で16歳。

 昔っから俺に懐いてくれていて、よく一緒に遊んだなぁ。


 俺はそんな彼女の横顔を見て、ちょっぴり辛い気分になる。

 どうしてもネリアナを思い出してしまうその容姿。

 姉妹で似すぎなんだよな。

 今の俺にはキツイものがある。


 無意識に俺の傷口をえぐらないでっ。

 と、全く関係のないターニャに心の中でそう訴えかける。

 ごめん、ターニャ。


 でも、俺が猫の姿をしているもう一つの理由がターニャだった。

 ネリアナのことを思い出してしまうので彼女にはあまり会いたくなかったのだ。

 できるなら、このまま会わずに去りたい。

 だからここでさよならだ、ターニャ。


 すると俺の心を察知でもしたかのように、ターニャはこちらに視線を向けた。

 と言っても、現在の俺は猫だ。

 ターニャが俺に気づくなんてことは、1000%ありえない。


「アレン!!」


 1000%ありえなかったはずなのに、ターニャはなぜか当然のように気づいてしまった。

 なんで?


 会いたくなかったのに気づかれてしまった。

 だけど気づかれてしまったのなら仕方ないかぁ……

 俺は嘆息しながら彼女の方を見る。


 ターニャは満面の笑みで駆けて来て、柵を飛び越え俺に抱きついてきた。なに、その跳躍力。

 女の子特有の甘い香りがした。

 ただし猫の姿であったために、ケイトを抱きしめる形にはなっていたが。

 遠目から見ると、美少女同士が抱き合っているようにしか見えないのではないだろうか?

 俺も少し距離を取って拝見したいものだが、如何せんターニャは俺に抱きついてきたのだ。

 俺が離れたら俺についてくるだろうし、その姿は見れないであろう。

 残念。


「な、なんで俺って分かるんだよ? 今は猫の姿をしてるんだぞ?」

「アレンのことなんだから、分かるに決まってるじゃない。なんで分からないと思ったの?」

「なんで分かるのが当然みたいな言い方するの? 分からないと思う方が当然だと思うけど」

「どんな姿をしてても、アレンはアレンだよぉ。たとえ猫になってたとしても、どれだけそこに猫がいたとしても、私はきっとアレンを見つけ出してみせるよ」

「そ、そう……」


 俺はターニャの発言にゾッとした。

 ケイトは青い顔をしてターニャを見下ろしている。


「な、なんなんだ、この女は……」

「それはこっちのセリフッ! あなたこそ誰なの!?」


 ターニャはそう言って、ケイトから俺をぶんどった。

 ケイトよりやや小さめの胸に抱かれ、ケイトと視線を合わす。


「……なんなんだ、この女は?」

「幼馴染だよ。許嫁じゃない方の」

「……そうなんだよねぇ……私とアレンは許嫁じゃないもんねぇ」


 ズーンと暗くなるターニャ。

 昔からなぜか、許嫁の話になるとこんな風に落ち込んでしまうのだ。

 よく分からないが、そんなに許嫁が欲しいのか?

 

「そう言えばさ、お姉ちゃんはどうしたの? 一緒じゃないの?」

「え? あ、ああ……」


 ネリアナのこと、ターニャにどう言えばいいんだろう……

 結構デリケートな問題だから、よくよく考えて話をしないと。


「お前の姉がアレンのことを裏切ったんだよ」


 ケイトはひょいっとターニャから俺を奪い返し、自分の胸に納める。

 やめろ。俺は人形じゃないんだぞ。

 抱かれ心地はいいけど……やめろ。

 

 というか、デリケートな話だったのに何ハッキリと言ってんだよ、この子は。


「……どういうことなの? 説明してアレン」


 ターニャは神妙な面持ちでそう聞いてきた。

 もう正直に説明するしかないよなぁ……

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