第13話 15階層②

 俺の体が青白くゴツゴツしたものに変化している。

 いつの間にか二足歩行で駆けていた。

 無音に近かった軽い足音が、ドスンドスンと重たいものに変わっている。


「俺、本当に……ゴーレムになってる!?」


 走りながら、なぜか狙われないケイトの方に視線を向けてそう訊ねる。


「だからそう言ったろ。今お前はゴーレムになってるって」

「なんで?」

「私が知るわけないだろ」


 俺が吸収したモンスターの中に、そんな力を持ったやつがいたのか……

 いや、それは無いと思う。

 なら可能性があるとすれば……


「魔王自身の能力?」

「そう考えるのが妥当だろうな。アルカナの力ではなく、魔王本来の魔族としての能力」


 変身する能力、か。

 

 ま、この姿に変化できたのは嬉しい誤算だ。

 この図体なら――こいつとも戦えるはず!


 俺はくるりと踵を返し、ゴーレムに向かって突進する。

 ゴツンと大きな音を立てて、俺たちの体がぶつかり合う。


「よし! このまま倒して――」


 ひょいっと俺の体はゴーレムに浮かされ、投げ飛ばされた。

 痛みはないが、激しく地面に叩きつけられる。


「どうなってんだよ! 同じ体なのに、力負けしてる!?」


 思案顔のケイト。

 俺はまた走り、ゴーレムと距離を取る。


「……力と姿は関係ないのだろう。お前の能力は、吸収したモンスターの最大値が適応される。現在のお前の腕力は、多分グリフォンと同等ぐらいなんだろうさ」

「え? そうなの?」

「ああ。それにエナジードリンク分増幅はされているようだけど、それでもこのゴーレムには敵わないようだね」

「…………」


 俺の後ろをゴーレムが追いかけてきている。

 だが、さっきまでと同じく、俺の方がスピードは速い。

 なるほど。

 変化するのは、体のサイズだけか。


 だったら、この姿を維持する必要もないってことだよな。

 なら、変わる。


 変身だ。

 俺の――


 元の姿に。


「〈形貌変化メタモルフォーゼ〉!」


 変身の仕方なんて、ハッキリとはわからない。

 だが、自分の姿を頭にハッキリ思い浮かべる。

 頼むから何とかなってください。お願いします。


 すると、俺の体が光り出し――

 元の姿に戻ることに成功した。


 人間の体に茶色の髪。

 白いチェニックに黒いズボン。


 これは……俺だ。

 元のアレンとしての肉体だ。


「やった! 成功した! 元通りになったぞ!」

「……首に傷が残ってるけどね」

「えっ?」


 自分の首を触って確認する。

 確かにケイトの言う通り、傷があるようだ。

 猫の時もそうだったけど、このつなぎ目だけは消えないのか。


「ちなみに、さっきのゴーレムの時も傷はあったよ」

「そうなの?」


 どうも傷は大きいらしく、見た目が怖くないだろうかそれだけが不安だ。

 だけど、あまりネガティブになり過ぎてもしかたない。

 それに今は戦闘中だ。

 戦いに集中しよう。


 黒い光をまとった両拳を振り回すゴーレム。

 俺はこれを難なく回避する。


「〈鷲獅子の風ジェットタイフーン〉!」


 俺は両腕を振るい、2つの竜巻を巻き起こす。

 ゴーレムを飲み込む竜巻。

 しかしゴーレムはこれに耐えてしまう。


「おいおい……こんなのどうやって倒すんだよ」

「でも、効いていないわけじゃなさそうだよ。何回もやれば、いつか倒せるんじゃない?」

「そのいつかはいつ来るんだよ」


 効いてると言っても、ほんのわずかだ。

 いつか倒せるのかもしれないけど、子供が素手で大人を倒せってぐらい難しいぞ。


 何かこいつを倒す方法は無いのか……


 俺は攻撃を避けながら思案する。

 こいつを倒す術……こいつを倒す能力――


 ――俺自身の力。


 俺の力ってなんだ?


 とりえあず、敵の背後から拳を何発も叩き込んでみる。

 効果はほとんどない。

 ちょっと自信を無くしてきた自分がいる。

 こいつ本当に倒せるのか?


「ウガッ!」


 戦いのパターンが変わったのか、ゴーレムは素早く拳を出すようになった。

 大振りではなく、確実に俺に当てに来ている。

 一撃当たれば倒せると踏んでいるのだろう。

 舐めるなよ。

 

 と言いたいところだけど、簡単に一撃で死ぬ自信があります。

 お願いだからさっきみたいに大ぶりで来てください。


 ってか、本当に俺の力ってなんだよ。


 ドリンクを作る能力?

 そんなに限定されているものなのか?

 そんなにピンポイントな能力か?


 違うはずだ。

 そんなバカげた能力なわけがない。


「てい!」


 〈蜘蛛の糸スパイダーネット〉で、ゴーレムの体をグルグル巻きにする。

 身動きが取れなくなったようだが、少しずつ糸を引きちぎっていくゴーレム。


 今のうちだ。

 考えろ。

 俺の能力を。


 立ち止まり、思案する。


 ドリンクを作っていた時は何を考えていていた?

 飲んでくれて喜んでくれる人……ネリアナの笑顔。


 ハッとし、頭を振りネリアナのことを頭から切り離す。

 もうネリアナとは終わったんだ。

 というか、彼女のことを考えれば考えるほどムカムカしてくる。

 今はネリアナのことは忘れろ。


 一度深呼吸し、再度思案する。


 糸はブチブチと切れていき、ゴーレムの力に耐え切れなくなっている。


 ドリンクを作っている時……念じていたはずだ。

 美味しくなれ。美味しくなれ……って。

 

「…………」


 だからなんだってんだ?

 美味しくなれって思ってたから美味しくなったってか。

 だったら、強くなれって言ったら強くなるのかよ。


 そんなふざけたことがあるか?

 でも……


 ゴーレムは糸を断ち切り、体の自由を取り戻す。


 そんなふざけたことに望みを託さないと――ここは切り抜けられない。

 

「強くなれ……強くなれ!」

「……アレン?」


 俺が叫ぶ言葉に、ケイトはキョトンとしていた。

 ビックリするよね?

 俺だってビックリしてるよ。

 なんでこんなバカなことをやってんだってさ。


 だけど今は――


 これに賭けるしかないんだよ!


「〈地獄の番犬の炎クリムゾンフレア〉!」


 『強くなれ』という祈りと希望を乗せて、俺は炎を現出させる。


「…………」


 俺の手にはさっきまでよりもはるかに巨大な炎が集っていた。

 こぶし大ぐらいだったものが、直径30センチぐらいの大きさになっている。


「まさか……当たり?」

「アレン!」


 ゴーレムが襲い来る。

 咄嗟に炎を放つ。

 巨大な火柱に包まれ、炎上するゴーレム。

 

 今度はその炎に耐え切れず、体が少しづつ溶け始め、ドロドロになって地面を流れ始める。


「……勝った」

「勝ったみたいだな。おめでとう」

 

 俺は歓喜に飛び上がり、ケイトに抱きついた。

 ケイトはため息をついて、ちょっとウザそうな顔をする。


「ケイトの言った通りだったよ。俺の能力は、ドリンクを作るためだけのものじゃなかった。ありがとう」

「あ、ああ……」


 俺は感謝の気持ちを込めて、会心の笑みをケイトに向けた。

 するとケイトは顔を赤くして、プイッとそっぽを向く。


 あれ? 

 俺なんかやったかな……


 ちょっと不安な気持ちはあるが、俺はそれを無視してケイトの体を強く抱きしめておいた。

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