第2話 放課後

 三学期初日はなぜか午後もあって、今は時計が三時を回った。二学期はそんなことなかったと思うが。

「よーやく終わったー」

 心の声を吐露し机に液状化、まではせずとも倒れた。あー、机も教室の空気にさらされているのがよく伝わる温度だね。夏とかは逆に湿気を含んでいるように表面が湿ったりするけど。

 わたしの状態に気にすることなく、教室内は依然部活に行く人と帰る人で交錯していた。

 あと、五分。こうしたらわたしも部活に行こう。帰宅部はミーティングもなくそのまま練習に行くからね。

 帰路が活動場所。活動時間は個人差ある。今年の最初の方に作った脳内部活ポスターを再生する。

 今年って言い方でいいのかな。もう新年迎えたけど、確認するのはわたしのみだからいいか。

「寒いのに、溶けてやがるぜ。」

「服の着すぎが原因か? 脱がしてしんぜよう」

 席の周辺から生命反応あり。うち一人は敵、と解釈し両手をバタバタさせて抵抗を示す。ついでに「うがー」と威嚇してみた。こんな寒いのに服を脱がすという安代はさぞSなんだな。

 おててばたばたが流石に恥ずかしくなったので顔を上げる。

「あれま、おでこが赤くなってる」

「頭だいじょーぶ?」

 安代や、その台詞はわたしに対する嫌味かコラ。

「健康そのものだよ。」

 とりあえず返答して見た。両手を肩の高さに合わせて上半身で健康を表現する。伝わるかな?

 二人は教室内だと言うのにマフラー着用で山田は赤、安代は青という分かりやすい色だった。

 ここでわたしが緑とか黄色なら三原色とか、なんたら戦隊みたいなノリにしてくれるだろう。特に安代が。人任せなのがわたしの長所。

 あたりを見渡すと、人は圧倒的に減り二人の他に教室の隅に座る男の子の姿があった。名前は、よく知らんな。確か、自己紹介の時に『世界を救うぜ』的な痛々しいコメントしてた奴だ。イタ子くんと名付けてみるか。霊が降りてきそう。

 イタ子くんはさておいて(一人でなにしてるの、とか言わん。だって変なストーリ進行しそうだからね。)山田と安代を見る。

 何か用があったのだろうか。まあ、あったからいるんでしょうけど。

「どーしたのー?」

「甘いもの食べたくないかー」

 山田が高校生クイズの司会者みたいなノリで来た。

 おー、か、食べたーい、で返すのに悩んだがその前に安代が「うりゃー」と言って「ドーナッツがいいかー」「あたー」「駅いくかー」「やほー」と言う感じのが飛び込んできた。

 安代さんの脳内はきっと可愛い小人さんたちが住んでいるのでしょう。最後のは大手サイトの名前みたいだった。

 山田はドーナッツが食べたいらしい。気を抜くと安代よりバカっぽく見えるから気をつけて欲しい。これも本人には言えないこと。あはは。

 とりあえず会話の流れで駅に行ってドーナッツを食べる強制イベント発生中のため、わたしの意を先に伝えておこうと思った。

「ごめん、今日カテキョくるから。」

「あ、そっかー。そうだったね。」

「カテキョて男?」

「安代、それ朝も聞いたぞ」

「そうだっけ」

 安代の脳内の小人たちは情報処理が苦手なようだ。

「だから、わたしは帰るよ」

「そっか。じゃ頑張れよ。」

「がんばー」

 二人の声を背に受けながら、わたしは教室を出る想像をしてから席を立ち実行に移す。

 この状況ではわたしが見えなくなるまで二人は教室を出られないだろうと思い、必然と足が早くなった。

 教室校舎と靴箱のある校舎は隣接でその校舎をつなぐ道は手抜き工事か、壁がなく風の大行進に揉まれてすっかり冷やされてしまった。

 わたしのクラスの靴箱は校舎の入り口より遠い、こちらからしたら近い位置にあった。入り口から離れてるから風はまだこない。

 ここには人が三人いた。二人組の男女(多分カップル)と華やかな女子生徒モナカさんだ。

 カップルの男の方は背が高く目が眠そうだった。女の子の方は眼鏡をかけ『明日地球がなくなったらどうする』論を提唱していた。

 明日地球がなくなったらどうしよーもないね。以上。

 その現在進行形でリア充を満喫しているカップルの女の子よりも華やかさを纏ったモナカさんはこちらに気にする様子もなく顔を下げていた。

 手元にはスマートフォンがあった。優等生でもスマホを持っているんだという微かな共通点に関心を持つ。

 少し見えた画面にはスケジュールが開いていた。中身を見る前に体で遮られてしまったが、赤いタグが画面の下半分を埋めているのだけは確認した。確認したところでどうしようもないのが事実。

 わたしも帰ろう。

 そう思い、靴箱に手をかけた。気がつけば、カップルの姿も無くなっていた。あのカップルには寒さというのも前向きな暖かさへと変換することができるのだろう。

 いいなー。心の声は心の中で言うからいい。

 靴箱の取ってもとっても冷えてる。あ、もっと冷えちゃったよ。ギャグも心で温めておきましょう。夏になって開放してやる。

 靴を取り出して靴箱の扉を閉める。立ったまま靴を履くことにチャレンジし、見事成功。カバンからマフラーを取り出し首に巻く。ちなみに色は水色というか鼠色というか曖昧な色。暖かさを絶対考慮できてない色あいだ。

 よーし、外へレッツゴー。

「……さむ」

身震いしてマフラーに顔を埋めた。これから歩いて二十分の道のりを歩いて行かなければならない。水または鼠色は氷のような色だけど、マフラーとしての機能はちゃんとあった。

 校舎の入り口から正門までは離れている。なんでかな? 火事とかで逃げるの大変そうだけど。不審者が入ってきたら逆に見つけやすいか。そのためか。勝手に納得させました。

 枯れ木の多くなった校舎の敷地は寂寥感があるなと思い、春になるための準備に邁進する桜の木たちになんか励まされた。苗字がね、ちょっとね。

 校舎を出て左に曲がるのがわたしのルート。国道の隣を通るため、夕方になると自動車が多くて騒がしい。わたしの学校は自転車登校もできるけど、生憎うちのマシンは倉庫入り(お蔵入り的な)になってるからなー。

 整備してやろうにも寒いので春まで待つ。小鳥のさえずりを聴きながらなら作業もさぞ捗ることでしょう。その前に進級できるかどうかだけど。

 進級できるかはどう言うスケールの話かと言うと、うちの二年部からは特進教室と普通教室の二つになって、わたしは親に『特進に入れなかったら小遣いも携帯も全て没収』を言い渡されたのである。

 だからわたしの目指す進級は上位四十人に入ることで現在絶望的。

 これからの二ヶ月で頑張ります。

 というわたしの宣言は、木枯らしに流され空高くの雲に乗ってどこかの国の誰かの背中を押してくれるのかもしれない。そうやって循環していって巡り巡ってわたしの背中を押してくれることを願っている。これは風吹けば……なんだっけ? ……わからん。

 右の横断歩道を渡って住宅街の入り口へ。この周辺は住宅街が集まってきたのかというくらいの広さを誇っている。国語力はお察しの通り。まあ、なにを言いたいかというと初めてきた人は迷子になることで有名。町内の子どもたちの間では『遊びにきた子が神隠しに会う』と言っていたっけ。

 ちょうどあそこの人のよう、に。

「……」

 あれま、本当に迷子の人に会っちゃった。顔を手元のスマホと周囲をキョロキョロと移動させ、おろおろという雰囲気を漂わせていた。

 サラサラの髪、美人で普段ならというかさっきまで華やかさを纏っていた優等生、モナカさんだ。首元には白いマフラーが蜷局を巻いてぶら下がっていた。

 なんでまた三学期初日からモナカさんが住宅街で迷子になってるんだか。家は多分逆方向だったと思う。

 わたしの脳内に微かな可能性が浮かんだ。まさか。

 とりあえず話しかけるのが先決じゃないかな。クラスメートだし。親切はいくらやってもいいらしいね。

 明るくいこう。

 距離を詰めてもこちらに気が付いていない様子のモナカさんにまずは挨拶。

「やっほー、真中さん。」

 脳内変換を正しく声変換し、甘味が苗字に早変わりした。

 やはり気がついていなかったモナカさんはビクっと体を揺らしてこちらに体を翻した。身体能力の高さに思わずびっくりスカートも翻ってさっと手で押さえる。恥じらいもあってさらに関心を持つ。天才も私と同じ人間なんだな。

 こちらに向き直ったモナカさんが薄い唇を開いた。

「え……、と。桜木さんだっけ?」

 まさか覚えてくれているとは嬉しいな。優等生さんはクラスメートの名前を全部覚えているのかもしれない。

 かっこいいな。

 とりあえずわたしの名前は桜木でした。桜の木を見るとわたしも実は前世桜なのかもって思っちゃうんだよ。あはは。空笑いも木枯らしに流される。

「うん、桜木です。」

 ペコリとする。礼儀は大事。

「あ、真中です」

 わたしの真似をして水飲み鳥みたいになったモナカさん。住宅街の真ん中で挨拶する二人はどこかシュールに感じる。

 挨拶が終わる。二人で顔を見合わせ、沈黙に陥ってしまった。二人とも顔に張り付けた苦笑いを取れずにいる。

 これはわたしから動くべきと心が言ってる。

「どしたの? 真中さん迷った?」

「ん!」

 息が詰まったような声を上げる。やっぱり迷ったんのだな。そして恥ずかしくなったのだろう。赤く染まっていく頬は暖かそうだな。触ってみたいなという煩悩は正月に捨て去ったはずなのに。

「とりあえずどこに行きたいの?」

「…………ここなんだけど。」

「どれどれ〜」

 しぶしぶながら、差し出されたスマホの画面に映し出されたのは地図のアプリ。なぜかどこかでみたことのある家の配置に完全に見覚えのある場所に目的地のフラグが立っていた。

 これは……人助けだ。

「ついてきなさいな。」

 わたしは前に立ち、目的地の『我が家』に移動を開始したのだった。

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