赤点ガールと家庭教師ちゃん

詩鳥シン

第1話 HR

「はあ」

「ため息か?」

 わたしのため息に山田が反応する。

 今日は三学期の初日、一月八日水曜日。

 寒さもまだこれからと言った感じでびりびりと皮膚を刺す。冬服はこれからが本番というのに少し薄く感じる。

 このため息は白くならないのが教室と外の違いなんだなー。それでも寒いことに変わりない。

 わたしは訝しむように顔を覗き込む山田に返答する。

「いやね、水曜日にいきなり休み明けってのがね。」

「あー、わかるー。来週まで待ってほしいね。」

「そーそー。」

 山田はあどけなく笑った。背丈といい、頭の十時と二時のところにぶら下がるツインテールといい、山田からは幼さを感じる。本人には言ってはならないエヌジーワードらしい。

 そうしていると二人の会話に交ざる者が現れた。

「よーす。」

「おー、休まんかったな。」

 緩く手をあげる来訪者に山田が言い放った言葉は長年の経験からというやつなのだろう。この一年でわたしも少しは理解してきたがまだまだ二人には追いつけない。

 二人は幼稚園からの仲らしい。

 そういう子がわたしにもいれば。

 来訪者もとい安代は黒ロングの髪を揺らし、一見優等生を連想させる。

 性格はまあ緩い。そして何を考えているかよくわからない。それでも意思表示はしっかりするのが安代だ。

 山田は相対的にツッコミ担当になる。じゃあわたしの立場はどうなんだろう。うーん。この教室内での立場もよくわからない。成績は黙秘権を行使したい。それでも一応勉強はまあまあできるやつって思われてるだろーなー。いや、思われていてほしい。隠しているわけだし。

 高校入学してすぐのテストで、いい点とった時は山田や安代と仲良くなりたてで点数もそこまで低くなかったから開示したけれど、その後順位は下がっている。それからは口頭で『まあまあだぜ』と言っている。まあ、前回も赤点回避はしてるし大丈夫でしょ。これがわたしの持論。

 まあ、そうこうしていると母親にバレるのであった。

「はあ」

「恋煩い?」

 おい安代、変な解釈をすな。

 渋々ながらため息の原因を明かす。でなければ仮想の想い人を作りあげてしまいそうだ。

「いやぁ、今日から家庭教師が来るんだよ。」

 わたしの中では『学校の三学期が水曜始まり』と『家庭教師来訪』がこのため息の動力源となっている。母も手回しが速いことに驚く。三日前に言われた。『家庭教師来るからねー』と。そして部屋の片づけを強要された。今はビフォーアフターが出来上がっていた。ビフォーはすぐ作りあげられるのに、アフターには労力が凄い。ははは。嫌なら始めからきれいにしておけ、ともう一人の自分に怒られる。

「あれ、あんさん成績あきまへんか?」

「あきまへんからカテキョが来るんや」

 山田のテンションに合わせてみた。

 変なエセ関西人になる。まあ、本当の関西弁に触れる機会は少ないけど。二年になったら修学旅行で大阪・京都に行くらしいから、そこで本場の関西弁を聞いてみよう。脳内の予定表に『修学旅行で関西弁を知る』を追加した。寝たら消えてしまう予定表。意味ねー。

 話が逸れたが、今日から三学期終わりまでわたしにはカテキョがつくのだ。

「カテキョって男?」

 安代からの問い。『恋煩い?』と言いそういう系が今日の安代からは多く感じる。冬休み中に恋愛ドラマでも見たのだろうか。

 でもまあ、安代のことだからなんとなく聞いてみた程度なんだろうけど。

「いや、女の人らしいよ。」

「それなら安心だ。」

「なにがだ」

「いや、あんさんべっぴんさんだけんね。」

 山田のエセ関西キャラは続行。安代はあまり影響を受けなかった。どちらもマイペースというか何というか。

で、今の会話の安心とはつまり『男はオオカミだから云々』といった話だろう。

 そこまで男受けがいい容姿でもないと自称するわたしにとっては縁遠い話にはなるが。謙虚すぎるのか? ホントはかわいいの、わたし?

図に乗るのはだめだと教わっているのでここでお終い。

「ねえ」

頭上から声が。

「ん?」安代だった。

「髪短くした?」

「いや、二学期と変わらないと思うよ」切りに行ってないし。

 話が髪型に移る。唐突な話展開だと思う。安代、前置きくらいはしてくれ。

 安代に言われた通り確かにわたしの髪は短い。二人より短い。ボブヘアって言うのか。

 短い理由は単に長いと鬱陶しいから。小学生まではロングだったが、中学に入って部活でバレーしててその時切った。高校ではバレーは続けなかった。疲れたし、背もあまり伸びなかった。とほほ。

 わたしを他所に安代が山田と談笑に興じる。こういった雰囲気は幼馴染特有のものなんだな、と感じる。わたしもこう言って雰囲気を感じるのは嫌いじゃない。

 二人の馴れ合いをBGMにわたしは視線を教室の入り口へと向けた。

「あ」

 わたしの視線の先に本物の優等生さんがいた。今登校してきたようだ。始業には間に合っているが少し遅めですな。確か名前はモナカ? とかそんなんだった気がする。名字だと和風な外人さんだ。

 モナカさんは、成績と行いの良さで優等生とわたしは評している。髪がうっすら茶色の優等生モナカさんは染めているのか地毛かはよくわからない。前者だとすれば、わたしには手の届かない行為だが、やってみたいなと思う。親が止めてくると思うけど。

 モナカさんはわたしの視線に気づいたか、こちらに目線を向けてきた。あまり笑顔を学校で見せなかったなと思い出す。今も、唇をきつく縛っている印象を受ける。

 お互いに視線のやり取りが始まりそうになったので、慌てて目線を逸らしてしまった。あちらは特に気にする様子もなく、自分の席に向かっていくのを視界の端で確認できた。

 気づくと山田安代の談笑が止んでいた。わたしが二人の方を見ると、二人もこちらを向いていた。

「仲悪いの?」

 またまた安代だった。誰と、と一瞬思う。ああ、モナカさんか。一連の動作を見られていたのだろう。そう思われたのなら多分わたしに非があるだろう。まだ話したこともないクラスメートと険悪だとも思われたくない。

「悪くないと思うよ。話したことないけど」

「真中さん?」

「まなか?」

「まなかやとおもうよ。」

 モナカじゃなかったか。美味しいのに。ま、山田に感謝。次呼ぶときに『モナカさん』って呼んじゃったら恥ずかしいからね。話す機会は少ないだろうけど。それにモナカさんなんて呼ばれたら真中さんも困惑すると思う。

でも多分脳内変換はモナカさんでいいだろう。なんか呼びやすいし。

「そういや、この前のテストも一位だって。」

やっぱりか。さすが優等生。わたしと何が違うんだ。

「なに食べたらそうなれるんだか。」食べ物に着目するのがなんともわたしらしい。単純だ。

「いっそ聞いてみるか?」

「やめとけ、秀才にバカが来たって思われるよ。」

 おどける山田を制止する。半分は冗談じゃない気がするけど。それにもしかしたらわたしより成績いいんじゃないか、山田。

 多分この三人の中じゃ成績はわたしが最下位だろう。せめて安代には勝っておきたかったが二学期期末の順位があれじゃなぁ。

 わたしは成績を隠す。みんなもそうだと思う。自分の弱いところは隠して強いところだけアピールする。多分、人間が動物だった時の本能みたいなものなのだろう。点滴に襲われないための。そして、弱いところは強くしていく必要がある。でないと、いつかやられる。今どき何にやられるかはわからないけど。

 わたしも強くなるのだ。今日家庭教師の人が来る。これは母から与えられたチャンス。この成績という汚点を綺麗に洗い流すための聖水に等しい。

だからわたしはせっかくきてくれるカテキョさんに二ヶ月でしゅーさいと言うものにしてもらう。言い方が急にバカっぽくなったけれど。

 そうして、先生が入ってきたのでホームルームが始まった。

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