第二十八章 餌になる

 潜入捜査官の身に危険が降りかかるなどあってはならないことだった。

 たとえ本人たちがそれを承知していて捜査に志願していてもだ。

「姿を消してからどのくらい経過している?」

 クレイフィルにいる司令補に、クリスは事務的に質問した。

 ここで感情に囚われたら、救えるものも救えなくなる。

「一人目は十四時間、二人目は九時間です」

 デッドラインは姿が消えてから二十四時間――。

 そこが生死の分かれ目と言われる時間。それを過ぎると生存率は極端に低くなる。

 潜入捜査官は胆の据わった者しかできない。仕事を捨てて逃亡するなんてことはあり得ない。となると、自主的に姿を消したのではなく、不慮の事故や誘拐、拉致が考えられる。

 だが、二人がほぼ同時期に姿を消したとなると、事故の線は考えにくい。

 すると、誘拐、拉致の可能性が高い。

 その目的は何か?

 それによっても生存率が変わる。

 そしてどのように姿を消したのか?

 その方法も重要だ。

「彼らの日常が重要だ。普段何を見て、何を感じていたのか。報告は上がっていたのか?」

 報告はたいてい記号で書かれている。文章でやり取りするのは危険なのだ。

 ここでは仲間うちの「潜入捜査官同志」でわかる記号だろう。

 過去の潜入捜査経験者が、ぼろぼろの紙に書かれた文字を解読してゆく。

 それには、一日の行動が記載されていた。

 気になったもの、聞いた音……。

 消えた二人に、同じような記載はなかった。

 おそらく、彼らが気にも留めていなかったものがきっかけなのだろう、クリスはそう推測した。

「こちらに、エリアごとの監視映像はあるか?」

「すべてではありませんが、要所要所にある交通監視映像なら、こちらで入手しています」

「分かった。こちらでも分析したい。情報を送ってくれ」

「了解」

 クレイフィルから情報が送られてくる。

 分析官を何人か借りるぞ。

 そう言ってクリスは送られてきた映像を早送りでみる。

 横にいた分析官は気持ち悪くなった。……映像に酔ったのである。

「気持ち悪い……」

 机に突っ伏したのが二人。画面を見ていられなくて目をそらしたのが一人。

 クリスは腕を組んだまま、じっと画像を見ていた。

「ストップ!」

 クリスが指示を出した。

「戻してくれ」

 指示通り、画像を戻す。

「ストップ!」

 再度声がかかった。

「そこからスローで送ってくれ」

 再生速度をスローにする。

「ここで止めてくれ」

 再生を停止させた。

 映っていたのは一台の車だった。ちょうど捜査官が失踪する二時間前のものだ。

 このエリアはあまり車通りが多くない。そこに車が通りかかった。どう考えるべきだろうか?

「別のアングルから撮られたものはないか」

「残念ながらそれだけの様です」

「わかった、ではこの画像をクリア化して、ナンバーとどのような会社の物か、あるいは個人所有なのか特定してくれ」

「了解」

「他にも通過した車がないか失踪するまでの時間でチェックだ」

「了解」

 この三人は仕事を割り当てられ、分析を始めた。

「そっちの三人も同じように分析してくれ」

 別の捜査官が失踪した地点についても調べろと指示した。

「了解」

 作業にあたる。

「司令、クラバートもエストンも捜査していると思いますが……」

「ああ、私もそう思う」

「では、なぜ……」

 ビューは疑問を呈した。

「おそらく、彼らには見慣れた光景で、疑いもしないことが、盲点となるようなことがあると思われる。だからこちらにいる分析官の新鮮な目で見る必要があるんだ」

「盲点、ですか……」

 ビューも映像を見た。

 車が一台通過していく。交通監視カメラで遠距離から撮影された画像なので、あまり質は良くない。

 これをクリアにして、ナンバー照合して、車種を確認して……かなりの手間だろう。

 だが、やらないことには、失踪した捜査官の命が危ない。

 スピードと正確性が求められた。

 今回は情報のエキスパートたちも連れてきている。彼らに任せるべきだろう。

 任せられるところはそっくり任せる。こんなところは、器がでかい。

 それに、この件だけに当たっているわけにはいかなかった。

 クリス達には、やらなければならないことが山積みだった。


「司令、今よろしいでしょうか?」

 そう語りかけてきたのは、司令補のファランドだった。

 今は仕事モードらしい。おネエ言葉にはなっていない。

「今回、私の担当している事案と直接関係はありませんが、気になる不動産登記がありまして……」

「不動産?」

 ファランドのユニットは、もう報告書の段階に入っていたはずだ。

 担当していた特許案件の裁判も順調に進み、その経緯を見ると捜査が裏付けられていると言ってもいい状態だ。

 そこに不動産の話?

「メディブレックス社の所有する土地ですが、そこが最近公園化されています」

 ふーん、とクリスは聞いている。

「いつからだ?」

「一年ほど前からです」

 一年?

 何か引っかかる。またクリスのカンが動いた。

「地域に貢献する目的で作られたもので、様々な桜が移されています」

 桜!

 マンソンが送ってきたはがきにも桜の花びらがラミネートされていた。

「規模はどのくらいだ?」

 その問いに対し、ファランドは地図を見せた。

「ちょうどこの辺り一帯です」

「なるほど……」

 クリスは考えた。言い方は変だがこんな時の彼女は素直ではない。

 何か裏があるのでは……と考えてしまうのだ。

 大企業が慈善事業……別におかしいことではない。

 大企業こそ宣伝利用のために大々的にやることは珍しくない。

 だが、公園? 病院やシェルターの建設ではなく?

 また、場所も、街中ではなく、随分と離れた郊外というより辺境だ。

 その方が土地が安く、自然を利用したつくりに出来るのは否めないが、ここまで離れていれば、なかなか市民としては足を運びにくいのではないのだろうか。

 腕を組んで考え込んでしまった。

 その様子を黙ってファランドは見ている。

 こんな時の彼女は突拍子もないことを言うことが多いが、核心に近づくことも多かった。

「ファランド……」

「何でしょう」

 突飛なことを言われるかもしれない。心して聞く必要があった。

「その緑地公園の航空写真は手に入るか?」

「公園とはいえ私有地ですからね、難しいのでは……」

 私有地の上から写真を撮るには相手の許可が必要では? と言葉に含みを持たせたのだが……。

 彼女はその含みをすっ飛ばして、ケロッと爆弾発言した。

「誰が航空機飛ばして撮影しろと言った? あるだろ? 空にデカいものが」

「!」

 それを聞いて、ファランドは一瞬絶句し、硬直した。

 ……はい?

 この人は……。

 か、簡単に言ってくれる!

 ファランドの額に冷や汗が浮かぶ。

 クリスはこう言ったのだ。「衛星軌道上にある地上偵察衛星を使って画像を取れ」と。

「それは……」

「できないとは言わせない。できる人材を連れてきたはずだからな。やってもらうぞ」

 この惑星軌道上には、連邦管轄の衛星はない。ということは、星系や惑星管轄の衛星をハッキングして動かして撮影し、その証拠を残さず処理しろと言っているのだ。

「できれば地中探査レーダーも使って、公園一帯の地中内部の構造も調べてくれ」

「は、はは……」

 これを聞いた時、ファランドは満足に回答できなかった。

「無理か?」

 クリスは聞いてきた。

 無理ではない、無理ではないが……。

「司令のテクニカル分析官のケイティを借りても良いでしょうか?」

「ああ、構わない。暇だと騒いでいる頃だろうから、使ってやってくれ。彼女にとってはいい刺激になるだろう。君たちのユニットには負担をかけることになるが、この土地について詳しく調べてくれないか」

「……了解」

 ファランドは引きつりながらも了承した。

 無茶を言われた。だが、司令らしい。

 クスリと笑った。

 ――これで一歩前進できるかもしれない。そう期待してもいいのだろうか。

 ファランドに無茶な命令をしたと自覚をしていたクリスは、事件解明に向け、まっすぐ前を見つめた。


 ファランドが半ば半泣きで部屋を出て行ったとき、休憩で席を外していたビューが戻ってきた。

「また、無茶を言いましたね。ファランドが泣いていましたよ」

 その言葉にクリスは苦笑する。

「確かに無茶を言った覚えはあるが、まあ、彼らのユニットとケイティならやれるのではないか?」

 それにはビューも苦笑で答えるのみだ。

「で、何を思いつかれたのですか?」

 クリスは広げられた地図を見ている。

「だいたい、このくらいの大きさなんだよな……」

 ビューには話が見えない。

「何の大きさでしょう?」

 それには触れず、公園の部分をくるりと指でなぞる。

「隠すには最適だ」

「?」

 やっぱり、ビューには分からない。

 以心伝心で伝わることの多い副官だったが、今回は無理だった。

「実際に入ったことはないんだが……。レベル4施設の大きさがこのくらいだったよ」

 それを聞いて、ビューは片付けようと持ち上げた空になったマグカップを……絨毯の上に落とした……。

「……この、地面の下に、研究施設があると、おっしゃる?」

 荒唐無稽な話だった。だが、彼の上司は何気なく「うん」と答えた。

「この公園、出来てちょうど一年くらいらしい。時期は合うな」

「……」

 なんといっていいかわからず、言葉が出ない。

「まだ予測でしかないんだ。ファランド達の報告を待つとするよ。では私は仮眠を取ってくるから、あとは頼んだ」

 そう言って、くるりと身をひるがえしてクリスは休憩室に入って行った。

 ビューはまだ呆然としていた。

 ……司令はああ言われたが、本当だとするととんでもないことだ。

 ファランドからの報告を待つ間に、裏付けを取れるだけ取ろう。

 ビューは自分の指揮下の捜査官たちに指示を出した.


 クリスは「個」を捨てて「感情」を捨てて、ただの「司令」になった。

 そうすると不思議なことに、今まで取ることが出来なかった睡眠を取ることが出来た。

 朝起きて、仕事をして、昼食を取り、仕事をする。夕食を取ってまた仕事をして、シャワーを浴びて睡眠をとる。

 機械的に動くことで、自分の「個」について考えることをしなくてもよくなった。

 また、その方が楽だった。

 捜査官の失踪の件を考えれば、眠れるうちに眠っておいた方が良い。

 そう思って仮眠することにした。

 クリスは黙って目をつぶった。

 瞼の裏に映った二人の笑顔を否定しながら……。


 ビューはその時、公園の建築資材の照合をかけていた。

 開発費などにも目を配る。

 クリスの推測が正しければ、公園の建設資材に紛れてクリーンルームや研究設備等が運ばれて設置された可能性が高い。小さな山の起伏も気になる。

「正規の記録に残っているとは考えにくい。裏から当たれ」

「了解」

 ビューのユニットもまた、ファランドのチームと同じく難問に対応していた。

 隠している情報が一か所にあるとは限らない。

 情報の海に深く潜っていった。

 齟齬を見つけては、それを埋め合わせる情報を探し突き合わせる。

 根気のいる捜査だった。


 捜査官たちが奔走していた時、クリスは仮眠を取っていた。

 悩み事等頭になければ、クリスの体はベッドでなくてもどこででも寝られた。

 悲しいかな、アカデミーの非常訓練でそうなるように体が覚えてしまっていた。

 いつもは夢も見ず寝ている。短時間で疲れが取れるように、すぐ深い眠りに入ってしまうのだ。

 だが、この日は珍しく浅い眠りのようで、夢を見ていた。

 ……あーたん。

 小さな子供が呼び掛けてくる。

 ごほんよんれー。

 舌足らずな、だけど懸命さがわかる態度で大きな本を持ってくる。

 これー。

 横長の大きな本だった。

 ……またその本なのか?

 少し離れた場所から男性の声がする。

 暖かく見守るようなその視線。

 その視線に包まれて、子供と一緒に本を読むと、子供が大きな声を出して笑う。

 それにこたえる自分……。

 自分は笑って……笑っていた……。

 ――そこで目が覚めた。

 夢は人の深層心理を表す場合があるという。

 これが心?

 私の、心?

「はは、そんなものは捨てたはずなのに」

 まだ囚われている自分が、ひどく滑稽に思えた。


 そんな時――

 コンコン。

 仮眠室にノックする音が響いた。

 その音を聞いて、クリスは頭をフルフルと震わすと、先ほどの考えを頭の隅に押しやり、司令の頭に戻した。

「司令、起きていらっしゃいますか?」

 ビューだった。

「ああ、起きている。なんだ?」

「特定できない二台の車があると、捜査官が言っています」

「すぐ行く」

 そう言うと、体にかけていた毛布をはぎ取り、素早くたたんで部屋を出た。


 捜査官たちが画面を操作している。

 だが、どうしてもナンバープレートも車に書かれている塗装も見えない。わかるのは車種くらいだ。

「どうだ?」

 司令に直接話しかけられたことで、捜査官たちは飛び上がった。

「し、司令……」

「何を驚くことがある。同じ部屋で仕事をしているんだ」

「すいません……」

「別に謝ることではない。で、どうなっている?」

 捜査官たちの説明によれば、画像では確かにナンバープレートや会社名を現した塗装があるとわかるのに、どうやっても判別できない、というのだ。

「他の場所から撮られた映像ではどうだ?」

「同じでした。なぜか読み取ることが出来ません」

 クリスは考え込んだ。

 その間も分析官たちは画像のクリア化をトライしている。

 クリアにしようとすればするほど、細かいモザイクがかかったようになりぼやけてしまうのだ。加工しない画像の方が、まだぼんやりとしておぼろげな輪郭が見える。

「……おそらく無駄だろう」

 その言葉に、捜査官たちは振り向いた。

 そこには口に手を当てて考え込んでいる司令が居た。

「多分、カメラには映り込まれないよう、映っても特定できないような特殊塗装をされているのだろう。この場合、むしろ人の目の方が役立つ」

 闇社会では、そんな特殊技術もあると噂で聞いたことがあった。見たのは初めてであったが。

「そのような技術を持っているとすれば、仮にナンバープレートの記載が判明しても盗難品である可能性が高いな」

 どうすればよいのだろうか、行き詰ってしまった。

「その二台の画像、クレイフィルに送れ」

 指示を受けて、捜査官は二台の車の映像をクレイフィルの二人の司令補の元へ転送した。

「クラバート、エストン、この車に見覚えはないか?」

 クレイフィルへの通信回線を開き、二人の司令補に質問した。

「この形、どこかで見覚えが……」

「我々でははっきりとしたことはわかりかねますので、潜入捜査官との中継ぎを担当していた捜査官に確認してみます」

 そう言って通信室を出たエストンは、一人の捜査官を連れてきた。

「この車、見覚えがないかい?」

 問いかける。

「ええと、すみません、私もどこかで見覚えがあるのですが……。そうだ、不思議に思って取っていた写真があるんです。ご覧いただけませんか?」

 そう言って部屋を一旦去ると、その写真を持って再びやってきた。

「デジタルカメラで撮影したものです。捜査範囲に出入りする車を撮影して記録しておりました」

 その画像を見ると、確かにモザイク状態になっている。

「で、それはどこの車だ?」

 クリスは視線を強めて質問した。

 画面向こうの男は、写真を裏返した。

「メモによると、これは『福祉局』の車です」

 福祉局!

 これでは気づかなかったはずだ。

 ホームレスがたむろする場所に普通に現れる車である。

「他にも福祉局の車があるのですが、そちらはちゃんとロゴが撮影できております」

 そう言って他に撮影した写真も確認した。

 捜査官が言う通り、他の写真はロゴが確認できる。

 今回の画像分析で発見された車が、特殊加工されたもののようだ。

「たまたまカメラがおかしくなったものと気にも留めていませんでした……」

 捜査官は呆然としている。

「福祉局の車とは盲点でした、申し訳ありません」

 クラバートとエストンは肩身を狭くしている。

「謝る必要はない。福祉局とは、私も思い及ばなかった。お前たち、お手柄だった」

 そう言って、今回の車の特定をした捜査官たちに声をかけた。

「ですが、その福祉局の車に似せた車両は何を目的に動いているのでしょう?」

 クラバートの質問に、クリスはあっさり答えた。

「誘拐だろう」

 あまりにあっさりしすぎて、他の司令補や捜査官たちはついて行けなかった。

「誘拐、ですか?」

 ポカンとした顔で聞き返したのは、エストンだった。

「考えてもみろ。福祉局の人間が来たら、ホームレスたちはどう対応する? その真似を潜入捜査官たちもしたはずだ。そして勧誘を断わっただろう。彼らは現場にいなければならないのだから。だが居なくなった。潜入捜査官たちが自発的に消えることは考えられない。とすれば結論としては、無理やり連れ去った、イコール誘拐だ」

 クリスの説明の間、他のメンバーは徐々に自分を取り戻しつつあった。

「では、どこに連れ去ったというのでしょうか?」

 クラバートはそう疑問を呈した。

「それを解明するのが君たちの仕事だ。時間がないぞ。この車を追え!」

「了解」

 その二人のハモった声を聞いて、クリスは通信を切った。

「誘拐とは、穏やかではありませんね」

 ビューが言う。

「全くだ。多分こっちも穏やかではないぞ」

「司令?」

 自分の上司の頭の中で、どのようなシナリオが出来ているのか、ビューはまだとらえきれていなかった。


「司令、ウイグラス星系のグラント司令から通信が入っています」

 それを聞いて、クリスはパン! と自分の両頬を叩いた。

 喝を入れたのだ。

「繋いでくれ」

「了解」

 機器を操作して、捜査官が通信を繋いだ。

「お疲れ様です、グラント司令」

「ああ、本当にお疲れさまだ」

 その言葉に、思わず笑みが浮かぶ。

「その後、捜査はいかがですか?」

「だいぶ深く潜ったよ。おかげでしばらく水泳は御免だな」

 クスクスとクリスが笑う。

「なるほど、で『深海魚』が引っかかってきたんですね?」

 その言葉を聞いて、ビューはぎくりとする。一瞬、動きが止まった。

「まったくだ、引っかかってきたよ」

 そうですか、と、先ほどまで可愛らしかった上司の笑みが冷笑に変わる。

「詳しくお聞きしましょうか」

 そう言って傍にあった椅子に腰を掛けた。

 ビューはその後ろに静かに付き添った。

「そっちの星からの投資がこっちの特区に入って、投資で金を膨らませて、そっちの星にある『会社』への企業献金になっていた」

「直接の献金だと目立つので、迂回ルートを取った、ということでよろしいでしょうか」

「そういうことだろう」

 随分と長い迂回ルートだということだ。

「こちらからの投資が個人だったりもしますか?」

「ああ、そういうのもあるな」

「なるほど」

 クリスは口元に手を当てて笑みを浮かべていた。

 同席しているビューは、穏やかではない。この会話には本能的な恐怖覚えた。

 表面は穏やかなはずなのに……。

「投資者リストを送る」

 暗号化されて送られてきた情報をビューは手元のボードに表示させた。

 それをクリスに渡す。

「見たことのある会社や個人名がありますね」

「やはりそう思うか?」

 二人はやはり穏やかに話している。

 だが、内容はかなり際どい。

「マネーロンダリングに複数の会社が利用されていますね、というか、それ目的に設立された会社群でしょうか?」

「恐らくな」

 話が急に大きくなった。

「この会社群は、ずる賢い小銭泥棒……だけではなかったのですね」

「ああ、ここまでわかれば後は証拠固めだからな。一応報告しておく」

 グラントはそう言って、ため息を吐いた。呆れを含んだため息だった。

「わかりました。ではこちらの状況もお知らせします」

 そう言ってクリスは現在の捜査状況を伝えた。

「そっちも穏やかではないな」

「ええ、こちらでも今回は『深海魚』をひっかけることになるでしょう」

 それも、多分に。

 ビューはその言葉にびくりと反応する。

「お互い、処刑台に上がるのは避けようじゃないか」

「まったくです」

 そう言って二人は通信を切った。


「司令、『深海魚』が掛かりますか?」

 ビューはこぶしをぎゅっと握ってクリスに確認した。

「ああ、間違いなく引っかかるだろう。特許庁の人間から芋蔓式にな。その心づもりで対応してくれ」

 クリスは冷めた目をしてそう言った。

 ここにきて、今まで見えなかったものがいきなりクリアになってきた。

 だが、終わりはこんなものではないだろう。

 恐らく……。

 クリスはゆっくり目を閉じて深呼吸した。

 一回、二回、三回……。

 気持ちを落ち着けて目を開ける。

「海老を餌に鯛を釣る……ということわざがあるが……。失踪した捜査官が、どうやら『海老』役になるらしい。それに引き寄せられてくるのは、さて……」

 鯛なのか、それとも深海魚なのか。

 クリスはチームを率い、薄い笑みを浮かべながら、正面から事実を受け止めようとしていた。

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