第101話 ギルド『無限の才覚』

 さすがに大規模ギルドということもあって、現在目の前に広がっている光景は圧巻だった。


 仮所属のための契約書にサインし終えると、そのまましばらく客間に待っていてほしいと言われたのだ。


 そしてしばらくするとオリビアが来訪してきて、これからギルドメンバーに紹介するからとホールと呼ばれる大部屋へと連れて来られた。


 そこには先程テラスでティータイムを楽しんでいたソーカやサンテはもちろん、まだ見たこともなかった者たちで溢れ返っていたのである。


 しかも全員が――女性。


 俺の登場に対し、一斉に様々な意が込められた視線が向けられた。

 女所帯にたった一人の男だ。それぞれ思うところがあって然るべきだろう。


 しかし中には敵意のようなものまで込められている。男が苦手、あるいは嫌悪している人物もいるのかもしれない。


 ともかく数十人の女たちの視線を一気に受けるこちらの身にもなってほしい。何とも言えない圧迫感は居心地が悪いものだ。

 俺はソーカの隣に立たされ、自己紹介をすることになった。


「皆の者、この度、我が『無限の才覚』に仮所属となったアオス・フェアリードよ。さあアオス、何か一言を」


 一言……ね。


「たった今ご紹介に預かりましたアオス・フェアリードです。突然のことで戸惑っている人もいると思いますが、少しの間よろしくお願いします」


 するとオリビアとサンテが拍手をし、それを受けて女性たちも次々と手を叩き始める。


 しかし……。


「――待ってください!」


 ビシッと真っ直ぐ手を上げて声を上げた人物がいた。


「あらトリーナ、どうかしたのかしら?」

「ソーカ様! どうして男なんて迎え入れるのですか!」

「どうして?」

「だってここは……ここは私たち女だけの楽園です! 男なんか、下卑たことしか考えられない最低の生物じゃないですか! 絶対に楽園が穢れます!」


 キッと鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。

 なるほど。先程の敵意はこの人物からだったらしい。


「トリーナ、あなた……私の決定に逆らうつもりかしら?」

「っ……すみません……ですが……」

「……トリーナ、私は常々才能と美を愛していることは知っているわね?」

「は、はい」

「確かにこれまで私が認めるような男は現れなかったわ。いいえ、私が欲するような男が。けれどここにいるアオスは、その才も見た目も醜悪ではないわ。何故なら彼は冒険者学校の特待生。あのカトレア校長が自ら試験会場に赴き、その場で合格を言い渡したほどの人物なのよ」


 ソーカの発言に対し、ざわつき始める女性たち。


「こ、校長が……! そんなの……まるでソーカ様みたい……!」


 トリーナと呼ばれた少女も驚きの表情を見せるが、どこか悔しそうな様子だ。


「彼ならばこのギルドに迎え入れるに相応しい人物。そしてここにいるオリビアもサンテも認めているわよ」


 側近らしきオリビアたちが認めているということで、女性たちが納得気な表情を浮かべる。


「あのオリビア様も認めてるのね」

「しかもサンテ様も。だったら……私は別にいいけど」

「それにちょっとカッコ良いし」

「うんうん、お話してみたいかなぁ」

「私知ってる! あの『竜殺し』の子でしょ!」


 などと、黄色い声がどんどん大きくなってくる。だがそこへオリビアが咳払いをすると、女性たちはハッとなって押し黙った。


「……で、でもやっぱり納得できません!」


 そんな中、いまだに受け入れ難いのか、トリーナが反発心を剥き出しにする。


「ふむ。ならあなたはどうすれば納得できるというのかしら?」

「そいつと戦わせてください!」


 いきなりの申し出に、俺も少し驚く。周りの者たちも「え?」となっている。


「戦う……ですって?」

「はい! 弱い男なんて絶対に認められません! そんなんじゃソーカ様のお力になれるわけがありませんから!」

「……それでも私は受け入れるとしても?」

「弱さは罪ですから!」


 ソーカの気迫ある睨みに対しても、トリーナは一切目を逸らさず見返している。ただトリーナの身体は若干震えているのが分かった。主に歯向かうことがいかに恐ろしいことか理解しているのか。


 もしかしたら追い出されるかもしれない。それでも貫きたい信念があるのだろう。だから震えてでも立ち向かっているというわけだ。意外に根性がある。


「…………はぁ。アオス、あなたはどうかしら?」

「いや、俺は別に受け入れてもらえないならそれでいいんですけど」


 別に絶対に仮所属にしてほしいと願ったわけじゃない。ダメならそれでいい。


「フン、男のくせに覇気がないわね! やっぱりアンタにココは相応しくないわ!」


 そう言われても。そもそも誘われたのはこっちなんだが……。


「アオスくん、私としては仲間に君を認めてもらいたい。そのためにも強さを示すのはありだと思っている。どうだろうか、この勝負……受けてはもらえないかな?」


 オリビアからの提案。まさか彼女までもがそんなことを言ってくるとは。正直面倒なのだが……。


「…………分かりました。模擬戦という形でなら」


 さすがに殺し合いはしたくないし、ソーカだってさせないだろうが、一応そこは徹底しておく。


「決まったようね。ではこの後、アオスとトリーナの模擬戦を行うことにするわ。両者は準備なさい」


 ソーカの言葉に、トリーナは嬉しそうに微笑む。まるで男をボコることができると喜んでいるかのようだ。


「覚悟することね、たかが冒険者候補生が私にケンカを売ったことを後悔させてあげるわ」


 別に売った覚えはないんだが……はぁ。


 こうしてまたも予想外な展開に発展してしまい、思わず俺は溜息を漏らすのだった。



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