第100話 上機嫌のソーカ

 アオスの仮所属を受け入れた私は、すぐに仮所属の手続きをするために動いた。とはいっても契約用紙にサインをしてもらうだけだ。


 それをオリビアに任せると、彼女はアオスを連れてこの場を離れていった。

 私は機嫌良くお茶を飲みながら、


「あなたの目から見て、彼はどうだったかしら――――幽理ゆうり?」


 そう口にすると、私の影からズズズズズと姿を現した者がいた。


 その人物とは、我が『無限の才覚』でもトップクラスの実力を持ち、かつ私の親衛隊でもある神楽かぐら幽理だ。


 紺色に染められた忍装束という衣装を纏う少女。赤くて長いマフラーで口元を隠し、どこか眠たそうな垂れ目がとても特徴的である。


 彼女にはいつも私の傍に控えさせていて、私に危険が迫った時は常に最速で護衛できるように努めてもらっている。


 また影の中に潜み、対峙する存在の観察も彼女の役目だ。今回も彼女にはアオスという人物を観察させ、その評価を尋ねたのである。


「……強い」


 短く、小声でそう答えた幽理に、私はフッと頬を緩める。


「ふわぁ、幽理ちゃんがそう言うのって珍しいよねー」


 いまだに美味しそうに和菓子を食べて口を汚しているサンテが、目を見開きながら驚いたように声を上げた。


「……だけど……よく分からない子」

「んー? どーゆーことー?」

「……底が……知れない」


 これは驚いた。いや、事実私もまた同じことを思っていたので、やはり幽理も感じていたのだという驚きだ。


「それに……多分……ボクのこと……気づいていた」


 険しい表情でそう言葉を発した幽理。


「ええー、アオちゃんてば幽理ちゃんに気づいてたのー!?」


 さすがにサンテも驚く告白だったようだ。


「……まだ冒険者候補……しかも一年であれ…………怖い逸材」

「ふふ、さすがは我がギルドのナンバーツーね。彼の底知れぬ器に気づいていたのだから」

「……得体の知れない力を……感じる。ソーカ様……あの子は……止めておいた方が良い」

「あら、それは何故かしら?」

「……知らないものは怖い。近づけない方が……ソーカ様のため」


 護衛役としては、確かに理解の範疇の外にあるモノを主に近づけたくはないだろう。


「けれどあの子はいずれ私のモノになる予定の子よ?」

「……でも男」

「あーそうだよねー。そういえば、このギルドで所属してるのって女の子ばっかりだもんねー」

「……ソーカ様は女好きの変態」

「わぁ、ソーカ様は変態さんなんだー」

「二人とも、ギルマスをからかうとは良い度胸ね。ベッドの上で啼かせるわよ?」

「……それは勘弁」

「んー、あたしはいつもみたいにー、オリビアちゃんと一緒ならいいなー」


 幽理は相変わらず貞操観念が強いけれど、サンテは乗り気のようね。そうと決まれば、今日の夜はオリビアと一緒に可愛がってあげましょう。


 ただ一つだけ訂正しておくことがある。


「幽理、私は別に女だけを集めているわけではないわよ?」

「……? でも実際に……女ばっか勧誘してる」

「そうね。私は有能で見目麗しい者が好きなの。オリビアも、サンテも、そしてあなたも有能で、それでいて可愛いわ。だから必要としているのよ」

「有能なら……男でもいいってこと?」

「そうね。ただ幾ら有能でも醜い者は勘弁ね。これは見た目ではなく、心根のこと。私のギルドに醜悪な者はいらない。ただあの子……アオスは見た目も心根も悪くないわ」

「そうですよねー。アオちゃんって、きっと良い子ですしー。だってオリビアちゃんが気に入った子ですもーん」


 この言い方。どうやらサンテもアオスのことを気に入ったようだ。そもそも彼女があだ名で呼ぶ男なんてそうはいない。これだけでも好感を持っていることは明らかだ。


「何だかあのツンケンした態度がオリビアちゃんみたいで可愛いしねー。弟がいたらあんな感じなのかなーって思っちゃったー」


 私にも弟はいないが、確かにああいう優秀な弟ならば大歓迎だ。


「……でも……他のメンバーが……何て言うか……」


 確かにこのギルドには、男を入れることに反発する者もいるだろう。何せ女所帯だからという理由も、所属理由の一つでもあるのだから。


「問題ないわ。すべては私の意志が優先されるもの。それに別に仲良くする必要もないわ。ただギルドメンバーとして、仕事の時は割り切って活動できれば良いの」

「でもでもー、あたしはアオちゃんなら、他のみんなも受け入れてくれると思いますよー」

「あらサンテ、それはどうしてかしら?」

「う~ん……勘?」


 なるほど。女の勘というわけね。


「……そういうの……よく分からない」


 どうやら幽理には勘が冴え渡っていないようだ。


「……けれど……ソーカ様が決めたなら……それでいい。もし……仇なす……奴なら……始末するだけ」

「もう~物騒だよー。それにアオちゃんはそんなことしないと思うよー」

「……そう願う。ソーカ様の……期待を……裏切らないで……ほしい」

「ふふふ、これから実に楽しね。仮所属とはいえ、あれほどの逸材を手に入れられたのだもの。これは本当にオリビアの大手柄かもしれないわ」


 アオスの実績は輝かしいものばかり。特に現行の冒険者すら手をこまねいていたドラゴンを屠った事実は素晴らしい。


 まず間違いなく、その事実を知った冒険者たちは、こぞってアオスに声をかけているだろう。


 そしてその中で、私だけが手に入れることができた。特にあのオブラが所属する『流浪の叢雲』を出し抜けたことは大きい。


 彼らのギルドと私たちのギルドとは、しのぎを削り合うライバル同士。そうでなくとも、あの暑苦しいオブラには負けたくはない。


「そろそろ手続きも終わった頃ね。……ではアオスを皆に紹介でもしようかしらね」


 私は胸に込み上げてくる楽しさを隠しもせずに、笑いながら席を立った。




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