第102話 アオスVSトリーナ

 ギルドホームの敷地内には、広々とした裏庭があり、そこで日々、所属冒険者たちは訓練などを行っているそうだ。


 だが現在、そこでは俺ともう一人――トリーナが対峙している。


 そしてその様子を、『無限の才覚』の面々が見ていた。


「では二人ともいいかしら? これはあくまでも模擬戦。殺しは御法度よ。特にトリーナ、いいわね?」

「……はい」


 おいおい、もしかしてそうでも言わなければ俺を殺そうとしてたってのか? 物騒な少女である。


 そんなトリーナは、両手に円盤状の武器を持っていた。


 ……チャクラム使い、か。


 扱いが非常に難しい武器である。外側に刃がついており、投げつけて攻撃することも、接近して直接切り刻むこともできて汎用力が高い。


 投げればブーメランのように手元に戻ってくるが、まず使用者は、その戻ってくるチャクラムをしっかり受け止められるかを訓練する。下手をすれば自分が怪我をしてしまうからだ。


 しかし使いこなせれば、対戦相手にとってはかなり厄介な武器となる。


「勝負はどちらかが戦闘不能、あるいは降参するまで続けるわ。ただし私が勝負がついたと判断して止めに入ったらそこで終了よ。いいわね、二人とも?」

「「はい」」


 するとトリーナが、軽く身体を動かし始めた。

 俺も少し身体を温めておく感じで準備体操を行う。


 シュッ、シュッ、シュッ!


 空気を切り裂くような音がトリーナから聞こえてくる。

 彼女は軽く蹴りを放ったり、チャクラムを持った手を動かしたらしているだけだが、かなりキレている。


 その動きだけで、冒険者候補とは格段に違う強さを感じた。冒険者になっても修練を欠かしていない証拠だろう。さすがは大手のギルドに所属しているだけはある。

 そこへオリビアが何故か俺に近づいてきた。


「こんなことになってすまないな」

「それが模擬戦を勧めた人の言うセリフですか?」

「はは、ついな。それに君なら問題ないと踏んだからだ」

「仮にも同じギルドメンバーでしょう? まさか俺が勝つと思ってるんですか?」

「ああ、君が勝つ」


 ……! こいつは驚いた。


 まさか堂々と躊躇なく俺の勝利を口にするとは思わなかった。


「そうでなければ模擬戦など勧めはせんよ。あのトリーナ相手にな」

「……やはり強いんですか?」

「あれでもウチのギルドではトップ5に入る実力者だ」

「よくもまあそんな人を相手に模擬戦を勧めましたね」

「ただしオブラ殿よりは格段に弱い」

「……へぇ」


 つまりあの入試試験を見て、俺なら大丈夫と踏んだようだ。とはいってもあの時、オブラとの決着はついていないが。


「君なら大丈夫だと思ってはいるが、油断はするなよ?」

「格上相手に油断なんてしませんよ」

「はは、よく言う。まあその調子なら大丈夫そうだ。では……期待している」


 オリビアが離れていくと、そのタイミングでトリーナが話しかけてきた。


「ずいぶんとオリビアが気にしているようだけど、一体どんな手を使って誑し込んだの?」

「……別に誑し込んでなんかいない」

「ちょっと、私の方が年上なんだから敬語使いなさいよ! これだから野蛮な男は嫌いなのよね!」

「基本的に目上の人間に対しては敬語を使う。ただ……不躾な奴は例外だ」

「んなっ!? わ、私が不躾だとでも言うの!」

「自覚ないのか? ならその性格、直した方が良いぞ」

「じょ、上等じゃない! 決めたわ! ちょっとヘコませてやろうって思ってたけど、もうダメ! 完膚なきまでにボッコボッコのズタボロにして、心もバッキバキのグッチャグチャにしてやるわ!」


 瞳に怒りの炎を灯すトリーナ。


「そんなに怒ると顔にしわが残るぞ」

「~~~~っ! マ・ジ・で・殺すわっ!」


 完全に俺の挑発に乗るトリーナ。こういう相手は楽なのだが、さてさて……。


「では両者、そろそろ始めるわよ」


 ソーカの言葉により、俺たちは再度真正面から向き合う。

 そしてソーカがゆっくりと右手を上げ、そのまま素早く下ろす。


「――始め!」


 開始の合図で、真っ先に動いたのはトリーナだ。

 彼女はすぐさま跳躍すると、右手に持っていたチャクラムを放ってきた。


 流星のように真っ直ぐ突っ込んでくるチャクラム。

 当然当たるわけにはいかないので、俺は身体を右側にずらして回避する。


 チャクラムは俺に当たらずどこぞへと飛んでいくが……。


 さらに間髪入れずに左手に持ったチャクラムも放ってくる。それも俺はしっかり軌道を見てかわす。

 地上に降りたトリーナが、地面に手をついて魔力を身体から放出させる。


「――《アースサンド》!」


 俺の左右から、大地が盛り上がり凄まじい勢いで挟み込むように迫ってくる。


 ……『魔法闘士』タイプだったか。


 このまま無防備に受ければ潰されてしまいかねない。

 俺はすぐに頭上へ跳躍して回避――したはいいのだが、トリーナがニヤリと笑みを浮かべた。


 何故なら背後からチャクラムが迫ってきていたのである。

 当然俺は気づいていたので、空中で身を翻してかわす。


「! まだよ!」


 トリーナも驚いた様子だが、時間差でもう一つのチャクラムもまた迫ってきていた。


 ――無駄だ。


 さらに身体を捻って紙一重でチャクラムを回避し地上に降り立つ。

 戻ってきたチャクラムを手にしたトリーナは、悔しそうに俺を睨みつけてきた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る