第77話 労いと感謝

 俺はいきなり会場内に戻された事実に、何が起きたのか把握していた。

 どうやら校長の顕現で、俺たちを強制転送したらしい。


「アオス!」

「シン助? 九々夜……トトリも、無事だったか」


 俺を見つけ、シン助たちが駆け寄ってきた。


「すまないな、こんな結果になってしまった。俺の落ち度だ」

「なぁに、お前がいてくれたからボスだって倒せたんだ! それに負けたわけじゃねえしな!」

「そ、そうですよ! 私たちがダンジョンボスと会うまで体力や魔力を温存できたのも、アオスさんの作戦のお蔭ですし!」

「うん。アタシのことも気遣ってくれてたし、アンタは悪くないわよ」


 三人は俺を責めるつもりはないようだ。


「それに勝負は終わったわけじゃねえんだろ?」

「シン助……でもいいのか? ここまでやってきたのに、最後は〝代表戦〟だぞ?」

「ウハハ! 俺は俺で十分楽しめたぜ! ボスともやれたし、アイツとも熱いバトルできたしな!」


 そう言いながら、シン助が視線を送るのは相手チームのジャヴだ。彼もまたシン助の視線に気づいたようで、目を合わして楽しそうに笑みを浮かべている。


 どうやら二人は満足のいく戦いができたらしい。似た者同士、強い者と戦えたことが嬉しいのだろう。


「わ、私も問題ありません! アオスさんなら、きっと……勝てるって信じてますから!」

「九々夜……」


 彼女も俺が最後の決闘に赴くことに反対してこない。


「……トトリ、お前はどうだ?」

「てかアタシが何か言える立場じゃないってば。アオスにはその……助けられたし、実力だって知ってるし。……だから、信じてるわよ」

「……そっか。みんな……ありがとう」


 俺の感謝に対し、三人が笑顔で応えてくれた。

 そして俺は、観客席に立つ校長の方に顔を向ける。


「……どうやら決まったようですね」

「はい! 俺も〝代表戦〟の案を受け入れます!」


 その決断を口にした直後、


「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 大気や地面が震えるほどの歓声が会場中に響き渡った。

 誰もがこの展開を望んでいるようで、大いに盛り上がっている。


 その中で、校長が右手をサッと上げると、次第に観客も空気を読んでか静まり返った。


「……では、これから三十分間の休憩を挟みます。そのあとで、アオス・フェアリードとカイラ・ゼノ・アーノフォルド・ジェーダン、二人による〝クラス代表戦〟の再戦を執り行います。両者はそれまでに十分休息を取って置くこと。それと……時間は厳守です」


 俺の方を睨みつけるような言い方だったが、確かに遅刻ギリギリでここへやってきたので反論の余地はない。

 そうして俺たちは、一旦それぞれの控室へ戻ることになった。


 控室の前に到着すると、アリア先生が出迎えてくれた。


「皆さん、見事なダンジョン攻略でした。さあ、控室に飲み物などを用意しているので」


 そう促され、全員で中へ入り、アリア先生が用意してくれたタオルで汗を拭いたり、飲み物を飲んで渇いた喉を潤したりする。


「改めて、皆さんよく頑張りましたね。……トトリも、無事で良かったです」

「お姉ちゃん……心配かけてごめんなさい」


 するとアリア先生が、そっとトトリを抱きしめた。


「いいえ、あなたが無事で何よりです。本当に……良かった」

「っ…………うん」


 互いに抱き締め合う姉妹。特にアリア先生が涙を流している姿を見れば、彼女がどれだけ心配していたかがよく分かる。


 いつも冷淡に行動しているように見えて、本当は熱い心の持ち主だということを知っている。九々夜からも、トトリ誘拐の報を聞いた時のアリア先生がどれだけ焦燥していたかと聞いた。


 そもそもトトリに厳しく当たるのは、すべてトトリのためでもあるし、やはり家族思いの人なのである。


「アオス、あなたにも感謝してもし切れません。本当にありがとうございました」

「いいえ。間に合って良かったです。ただ……〝攻略戦〟で綺麗に勝てなかったのはすみませんでした」

「先程も言いましたが、皆さん見事でしたよ。これまで訓練してきたことを十全に活かしていたと思います。結果も大切ですが、あなたたちはまだまだこれからの人間なのです。教師として今日のあなたたちには花丸を上げられますよ」


 まさかまさかの満点評価に、シン助たちは照れ臭そうに笑っている。


「ですがアオス、あなたにはまだやるべきことが残されています。……本当に大丈夫ですか?」

「問題ありません。というよりも……願ってもないことですから」

「……何やらあなたとカイラ・ゼノ・アーノフォルド・ジェーダンとの間には、言葉に尽くせない何かを感じますが、それは今は聞かないことにしましょう」


 こういうところは大人の対応で安堵する。まあ聞かれても答えるつもりはないが。


「ただ教師として、結果を優先しなくても良いので、己が後悔しないように振る舞ってください」

「はい。そのつもりです」

「ふっ……あなたには愚問でしたね。三人は、まだ時間がありますから、今のうちにシャワーを浴びてきなさい」

「「「はい!」」」

「アオス、私は少し離れた場所に座っていますので、何かあったら声をかけてください」


 なるほど。俺が試合に集中できるように、できるだけ一人にしてくれるらしい。

 俺は軽く溜息を吐きながらベンチに座る。


「アオスさん、わたしたちはアオスさんがかつってしんじてますからね!」

「ふふふ、あのいまいましいふたごのかたわれになんかにまけるアオスさんではありませんよぉ」

「そうだ! アオスならやれる! とうぶをふんさいしてやれ! もしくはこまぎれだー!」


 あはは、応援ありがとうな、妖精さん。ただ頭部を粉砕したり細切れにしたら死んでしまうぞ。


 昔はそう……昔はカイラを憎み、殺したいって思ったことがあった。しかし今は……どうだろうか?


 俺にはオルルや妖精さんたちがいる。彼女たちのお蔭で、荒んでいた俺の心は愛で満たされている。だからか、あまり奴に殺意が湧かなかった。


 しかし今回の件はさすがに許すことはできない。俺だけならともかく、トトリまで巻き込んだのは頂けない。


「……お前には人の痛みってものを分からせてやるぞ、カイラ」




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