第27話 アオスVSリムア
「よし、そこまで!」
ドモンズ先生の言葉で勝敗が決した。
グリーデはまだやれるといった感じの表情だ。
「ウハハ! 楽しかったぜ! またやろうな!」
そこへ無邪気な笑顔で言うシン助に対し、グリーデは悔し気に睨みつけたあと、俺たちが待機している場所まで戻ってきた。
……なるほど。これがシン助の実力か。
あの技も見事だが、その前の相手の攻撃を見極めた目と、一瞬で相手との距離を潰して迫る移動術。どれも生半可な才ではこなせない能力だろう。
これまで見てきた『武闘士』組の連中の誰よりも頭一つは抜きん出ている。
それにまだ何か隠してる感じだしな。
「んむ? 何だ? 何か俺の顔についってか?」
「……能天気な顔だなって思っただけだ」
「ウハハ! 誰が能天気なんだよ! てかよく九々夜に言われるけどな!」
間違いなく強い。シン助の評価を改めておくことにした。
「次はラストだな。アオス、それにリムア、前に出ろ!」
「お、トリじゃねえか! 頑張れよ、アオス!」
俺はシン助からの激励に「はいはい」と軽く返事をして、皆の前に出た。
……まさかこの子とやり合うことになるとはな。
目前に立つ人物を見る。先程ライバル視されたばかりの女子生徒だった。
リムア……か。
果たしてどのような戦い方をするのか。気になるのは武器らしいものを持っていないこと。
「……あなたはその弓で戦うのね」
「ん? ……まあな。お前は……何も持ってないようだな」
「私の武器はコレだもの」
そう言いながら拳を見せつけてきた。
なるほど。徒手空拳の使い手というわけか。
両手には分厚いグローブを装着しているから、もしかしてと思ったが……。
「じゃ行くぞ。――始め!」
開始の合図と同時に矢筒から矢を取り出し身構えたが、リムアが襲い掛かって来る様子はなかった。
……向こうもまずは様子見ってところか。なら期待に応えてやる。
俺はリムアに向かって矢を放った。何の仕掛けも無い矢だが、真っ直ぐ彼女の鳩尾へと飛んで行った。
それを彼女は右手をサッと払うだけで、矢を一瞬にして壊したのである。
そしてリムアがキッと俺を睨みつけてきた。
まるでバカにするなとでも言うかのように。
だったらこれでどうだ?
俺は三本の矢を同時に放った。
一瞬眉をピクリと動かしたリムアだが、右手だけを素早く動かして、先程と同じように対処してみせた。
「……この程度ではないでしょう?」
特待生なのだから、もっと奥を見せてきなさい、と言外に言っているようだ。
ずいぶんと挑発的な子である。勝気な性格なのだろう。
俺は何も言い返さず、またも矢を放つ。
真っ直ぐ向かってきた矢を、しつこいと言わんばかりに右手で弾くリムアだが……。
「――っ!?」
突如、彼女の表情が一変する。
何故なら弾いた矢のすぐ後ろに別の矢が飛んできていたからだ。
「くっ!」
リムアが今度は左手で矢を叩き落とした。
「……両手を使ったな?」
「っ……!」
俺の言葉に悔しそうな顔をするが、すぐに表情を引き締め直すリムア。
感情のコントロールもちゃんとできてるみたいだな。やっぱこの子も強い。
「今度はこっちから行かせてもらうわ!」
大地を強く蹴り出し、先のシン助のような風のような動きで、瞬く間に俺に接近してきた。
弓を武器とする弓術士にとって接近戦は分が悪い。当然誰もが距離を詰めてくる。立派な定石だ。
しかしそれは普通の弓術士ならば、だ。
突き出されてくるリムアの右拳。俺はそれを軽やかにかわすと、その場からすんなりと離脱する。
「逃がさないわ! ――《アクセル・ステップ》!」
急に彼女の動きが機敏になり、俺に肉薄する速度が増した。
あっさり追随された俺に放たれる拳。鼻先に触れようか触れまいか、その直後にリムアの身体がグルリと回転して、背中から地面に倒れてしまった。
※
私は今、何をされたのか分からなかった。
魔力を脚部に込めた脚力を駆使し、一瞬のうちに移動する《アクセル・ステップ》を使って、相手の隙を突いたと思ったのだ。
倒せないまでも、大打撃を与えることができると確信した。
それなのに、気づけば倒され天を仰いでいたのは私の方だった。
「……!」
このままでは私の負けになると思い、すぐに立ち上がり身構えた。
アイツはどこにと見回すと、少し離れた場所で平然と立っていたのである。
追い打ちをかけようと思ったらできたはず。それなのに……。
手加減をされたことに私の誇りが傷つけられた。
「……今のは何をしたの?」
答えてくれないかもしれないが、こっちも心を落ち着かせるための時間稼ぎが必要なので聞いてみた。
「い、今のは空気投げじゃねえか!?」
予想外の方向から、私を倒した正体を明らかにする声が飛んできた。
見れば、先程見事に相手を制してみせたシン助という名の男子生徒だ。
「空気投げ? それは何?」
私は思い切ってシン助に尋ねてみた。
「ああ、空気投げっつうのは、俺の故郷から発祥した投げ技の一つだぜ! 相手の動きを崩したところで、その腕を取って投げ飛ばす技なんだよ!」
「崩す? 私は体勢を崩したりなんて……!」
いや、私はアイツに確実に命中すると思って大振りの攻撃を放ったわ。それをかわされたとしたら、私は隙だらけ。体勢を崩しているとも言える。
「空気投げはかなり難しい技で、相手の動きを見極めて、絶妙のタイミングで相手の力をも利用しないと上手く決まらねえ。さすがだぜ、アオス!」
くっ……つまり私は得意の接近戦で一本を取られたってわけね。
私はいまだ攻め込まずに佇んでいるアイツを睨みつける。
悔しい。それ以上に、私の浅はかさに腹が立つ。
相手は弓術士で、接近戦は苦手って勝手に決めてしまっていた。だからこその油断もあったはず。
もし相手が同じ接近戦を得意としていたら、今のは大振りの一撃ではなく、確実にダメージを与えるためにフェイントを混ぜた攻撃をしていたはずだ。
だが私は反撃する方法なんてアイツにはないと思いこんでしまった。
……こんなんじゃダメよね。あの人に……全然届かない。
私の脳裏に浮かぶ一人の冒険者。その人は私にとって雲の上のような存在だ。
いつか追い付き、そして追い越したいと思い、私も同じ道を歩むことになったが、これではいつまでも足踏みしてしまうだけである。
そうよ、相手は特待生なんだ。さっきの持久走でも、明らかに異様なことが分かったはず。それなのに油断なんてしてる場合じゃなかった。
私は深呼吸をしてから、再びアイツを見据えて身構える。
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