第26話 模擬戦

「も、もうダメだ!」

「お……俺……も……っ!」

「だあぁぁぁぁぁっ!」


 次々と脱落者が出てくる。

 十週目に入る頃には、ドモンズ先生の後ろはたった三人の生徒しかいなかった。


 変わらずシン助がトップで、その後ろに女子生徒、さらにその後には俺が続く。


 ……やっぱシン助は残ったか。けど意外だったのは……この子だ。


 俺は目の前を走る女子生徒の後姿を見つめる。


 彼女もさすがに魔力で身体能力を上げてはいるが、それも最小限でできるだけ温存している。走り方にも無駄がなく、背筋もピンと伸びていた。


 呼吸もまだそれほど乱れておらず、凛とした表情で真っ直ぐ前を向いている。

 魔力のコントロールが上手い。それに元々の基礎体力もずば抜けてるな。


 恐らくこれまで厳しい鍛錬を積んできたのだろう。それは身体つきを見ても分かる。 

 しなやかな筋肉をしていて、動きに流麗さすらある。まるで豹やチーターのような柔軟さを感じた。


 ただまあ……アイツも体力バカみたいだけどな。


 さらに前を走るシン助は、いまだ魔力すら使っていない。つまりは体力だけで勝負しているというわけだ。ドモンズ先生と同じように。


 十週目、十一週目、十二週目、十三週目と、隊列が乱れることなくいまだ走り続けていた。


 だが十三週目に入ると、さすがにシン助も魔力を使ってドモンズ先生を追い、女子生徒は苦しそうに肩で息をしている。

 そろそろこの子は限界みたいだな。魔力も乱れてきてる。集中力が切れてる証拠だ。


 すでにスピードは普通の人が全力疾走しても追いつけないほどの速度になっている。

 先に脱落した者も、信じられないといった面持ちで俺たちを見守っていた。


 そして二十週目に入ると、


「これでラストだ! 最後まで気を抜くなよーっ!」


 と言いながら、さらに加速するドモンズ先生。


「「くっ!」」


 シン助と女子生徒は、徐々に遅れ始めるが、それでもなお食らいついて離されないように疾走している。


 そんな中……。


「ほう、やっぱてめえは只者じゃねえなぁ、アオス・フェアリード!」


 いつの間にか俺は、ドモンズ先生のすぐ後ろにピッタリとついていた。


「アイツらに聞いてた通りだ!」


 アイツら……?


「おっと、話はあとだな。もうちっとスピード上げるぜ? ついてこられるか?」


 ドモンズ先生から魔力が溢れ出す。これまで身体能力を上げてこなかったのに、ここでさらに加速するらしい。


 ……なら俺も負けてられないな。


 導力を足に纏い一気に脚力を跳ね上げる。

 走る度に煙を巻き上げるほどの速度に、周りの者たちは半ば呆然としていた。


 ただシン助と女子生徒だけは、最後まで諦めないように歯を食いしばってついていこうとしている。


 そして――。


「よぉし! これで終わりだ!」


 汗一つかいていないドモンズ先生は、演習場の中で快活に笑っている。


「おうおう、どうしたどうしたぁ! こんなんで根を上げてちゃ、立派な冒険者にはなれねえぞ! ガッハッハッハ!」


 多分この人、現役バリバリの冒険者なのだろう。

 やはり候補生たちとは比べ物にならないほどの実力者だ。


 ほとんどの生徒は疲弊し切っていて尻もちをついているが、シン助と女子生徒は激しく呼吸を乱しているものの、両膝に手を当てて立ったままだ。


 ちなみに俺も僅かに呼吸を乱している。純粋な体力勝負では、ドモンズ先生の方が上みたいだ。俺も彼に負けないようにまだまだ鍛える必要がある。


「にしてもお前さんはさすがだな、アオス」

「……どうも」

「この俺に最後までついてくるたぁ、オブラたちが注目するはずだ」


 なるほど。あの試験官たちに俺のことを聞いていたらしい。

 だからか、走る前に俺を一瞥したあれは、俺を気にしてのことだったのだ。


「ぜぇぜぇぜぇ……くそぉ、やっぱ先生ってのはすげえんだな。うちの師匠とどっちが強えんだろ」

「お前だって最後までリタイアせずに走り切ったじゃないか、シン助」

「はぁ~ふぅ~。ったく、嫌みかそれは。お前なんてまだまだ余裕のくせによぉ。さすがは特待生だよな」

「!? ……あなたが特待生だったの?」


 不意に声が聞こえてきたので振り向くと、そこにはもう一人の完走者である女子生徒が立っていた。


「おう、そうだぜ! コイツは俺のダチで特待生のアオス・フェアリードだ! ちなみに俺はシン助ってんだ!」


 おいおい、何でお前が誇り気に俺を紹介するんだよ。しかもちゃっかり自分のことも言ってるし。


「そう……あなたが。覚えておくわ。次はあなたたちに負けないから」


 強気な眼差しをぶつけてくる。どうやらライバル視されたようだ。


「さて、次は実際に模擬戦をするが……もうちっと休みを取った方が良いかもな」


 ほぼ全員がぐったりとしているし、このままだと満足に動けるはずもないだろう。

 さすがのドモンズ先生も、追加で休憩をさせ、そのあとに模擬戦を行うことにしたようだ。






 ドモンズ先生と生徒たちが戦うのかと思いきや、生徒同士で模擬戦を行うことになった。


 現在、ドモンズ先生が名指しした者二人が、皆の前で拳を突き合わせている。

 やはり『武闘士』として入学してきただけあって、優秀な動きを見せる者たちばかりだ。


 剣、槍、斧など様々で、どれも鍛錬してきたであろう武技を見せつけてくる。


「よーし、そこまで! 次は――シン助とグリーデ、前に出ろ!」


 お、シン助の出番か。そういや彼が戦うところを見たことはなかった。


 入学試験を突破した以上は、それなりのものを持っているはずだ。基礎体力だって十分に備わっているし、あとは彼が持つ刀を使った動きだ。

 対してグリーデというのは大剣持ちである。


「持久力じゃ後れを取ったけどよ、そんな細い刀に負けるような俺じゃねえぞ!」


 グリーデはシン助に負けるとは微塵も思っていない様子。

 対してシン助は、背筋をピンと伸ばしたまま目を閉じ冷静さを保っている。


「はんっ、急にクールぶりやがって! 何がサムライだ! 【日ノ本】の人間なんてこの俺が叩きのめしてやるよ!」


 どうもグリーデは、ただ自信があるというわけではなく、【日ノ本】出身者を良く思っていないタイプらしい。

 するとシン助が、深く息を吐きながら瞼を上げてニカッと笑みを浮かべる。


「おう、やれるもんならやってみやがれ。俺はかな~り強えぞ?」

「っ! 生意気な奴め!」


 そしてドモンズ先生によって開始の合図が放たれた。

 同時に大地を蹴って、瞬時にシン助に詰め寄るグリーデ。剣を振り被っており、頭上から叩き落とすようだ。


 魔力で大剣を覆い、その強度を跳ね上げている。大剣特有の重さに頑丈さ、それに勢いも相まって、これを受け止めるのはなかなか難しいだろう。あのシン助の細い刀では。


 するとシン助の身体が半身になり、打ち下ろされた剣が紙一重でシン助の傍を通過し地面に突き刺さった。


 ……見切ってるな。


 さらにシン助はグリーデの隙をついて、刀を抜いて一閃しようとするが、


「ちぃっ!」


 大きな舌打ちとともに、グリーデは大剣を持ち上げてシン助の攻撃を受け止めたのである。

 互いの武器同士が衝突し火花が散った。


「舐めんなよ、蛮人め! そんな攻撃が俺に届くかよ!」

「おお、やるな! なら面白えもんを見せてやるよ!」

「何?」


 シン助がその場から一足飛びで距離を取り、何故か刀を鞘に納めた。

 急に武器を片付けて降参かと、周りが口々に言い始めるが……。


 シン助が右足を前に出し腰を沈め、若干前のめりの体勢を取り、右手を刀の柄を握る。


「――《翠月すいげつ流・三日月の太刀》!」


 直後、その場から一気に刀を引き抜いた。


 当然グリーデとは距離があるので、武器は届かないはずなのだが、驚くことに三日月の形をした斬撃がグリーデに向かって飛んでいったのである。


 全員がギョッとなり言葉を失う。無論グリーデもだ。


「ぐっうぅぅぅぅっ!」


 しかしすぐにグリーデは大剣を盾のように構えて、飛んできた斬撃を受け止めた。


「おっらぁぁぁぁぁっ!」


 力任せに大剣を振るい、斬撃を弾き消した……のは良かったが、


「――勝負あり、だぜ」


 気づけばシン助が、グリーデの喉元に刀の切っ先を突きつけていた。




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